<   2014年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧

旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋

c0112559_8275867.jpg
 柳川で1泊した翌日は、福岡市で同窓会がある日ですが、夜のことなので、まだまだ時間があります。ということで隣の大川市へ行きました。

 大川市は、福岡県の南西部にある市です。自分が福岡市で生まれ育ったので、同じ福岡県にある大川市は、家具の町として有名で、知っていましたが、訪ねるのは今回が初めてでした。現在も家具の生産高日本一を維持しているそうです。

 家具の町のイメージから、観光が主たる産業の柳川より都会ではないかという、漠然とした思いがありましたが、現実は違いました。最新の調査で、人口は柳川が68,812人に対し、大川は35,538人と半分近くです。

 地方都市の衰退現象は日本全体の問題ですが、大川市も人口は年年減少しています。色々な理由があるでしょうが、その一つは1987(昭和62)年に旧国鉄の佐賀線が廃線になったこともあるのではないでしょうか。まずはその頃の遺産である旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋に行ってきました。

 筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)は、国鉄時代にあった佐賀線にあり、筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいた鉄道用可動式橋梁です。佐賀線の廃線後も保存され、今も現在は歩道橋として利用されています。

 可動橋には旋回橋、跳開橋(跳ね橋)、昇開橋などがありますが、この橋は橋桁の一部が垂直方向に上下する昇開橋です。日本に現存する最古のものだそうです。橋の全長は507.2メートル、可動部分の長さは24.2メートル、昇降差は23メートル。竣工当時は「東洋一の可動式鉄橋」と呼ばれました。

 設計施行に中心的役割を果たしたのは、鉄道技師の釘宮磐(鉄道省熊本建設事務所長)で、昇開橋の仕組みそのものは、坂本種芳が考案したそうです。国の重要文化財と日本機械学会の機械遺産に認定された、昇開可動式鉄橋。

筑後川昇開橋
1935(昭和10)年
重要文化財
設計 : 釘宮磐、坂本種芳(鉄道省技師)
施工 : 飛島組、横河橋梁ほか
大川市-佐賀県佐賀市諸富町
撮影 : 2014.5.15
c0112559_833109.jpg
 橋の両端には公園が整備されています。これは大川市側にある公園と展望棟でしょうか。「幸福の鐘」という看板がありました。
c0112559_834321.jpg
c0112559_8341367.jpg
 この公園は筑後若津駅があった跡地にできました。佐賀線に使われていた3灯式信号機や警報機などが保存されています。
c0112559_8345096.jpg
 登録有形文化財のプレートがありますが、この後2003年に重要文化財に出世しました。
c0112559_8354466.jpg
c0112559_8355311.jpg
c0112559_836323.jpg
 橋の中央に行ったら、丁度可動桁が上がっていました。聞くと、定期検査のため昇降させているということでした。
c0112559_839712.jpg
c0112559_8391744.jpg
c0112559_8392779.jpg
c0112559_8393668.jpg
c0112559_8394513.jpg
 可動橋桁が下りている遠景しか撮れませんでしたので、ウィキペディアにある開いた時の写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-30 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の最終回

 気になった建物で積み残しのものです。

煉瓦の煙突
c0112559_8183436.jpg
 煉瓦造りの煙突がありました。

北原米穀店
詳細不明
柳川市稲荷町102-2
撮影 : 2014.5.14
c0112559_8193183.jpg


シンドウ
c0112559_821862.jpg
 国道沿いにある店舗。新しいのかな。

宝石・時計シンドウ
詳細不明
柳川市本町40-13
撮影 : 2014.5.15
c0112559_8214030.jpg
 これから御花に戻り、バスで隣の大川市へ移動します。
by gipsypapa | 2014-09-29 08:24 | | Trackback | Comments(4)

由布法律事務所

c0112559_10364141.jpg
 鶴味噌からの帰路、バス通りに出るまで歩いた細い道で、モダンな和洋折衷風の住宅を見つけました。石柱の門からかなり引っ込んだ位置に、赤い寄棟屋根が見えます。もう少し近づきたかったのですが、門の手前に細いながらもロープが張ってあり、断念しました。木造平屋建て。

由布法律事務所
昭和初期か?
設計・施工 : 不明
柳川市奥州町13
撮影 : 2014.5.15
c0112559_10372018.jpg
c0112559_10373125.jpg
c0112559_10374220.jpg
 門にある表札。「由布法律事務所」の方は新しい
c0112559_10375250.jpg
 今も使われているのでしょうか。
by gipsypapa | 2014-09-27 10:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳屋旅館

c0112559_854474.jpg
 鶴味噌並倉を見に行ったときに路地を挟んで、大型の和風建築を発見。普通の住宅と思いましたが、反対側をよく見ると「旅館柳家」という看板があります。

 ネットに情報が少ないのですが、創業80年以上の旅館で、低料金で柳川の郷土料理が専門とか。有明海の魚介類をふんだんに使った料理が自慢で、食事のみの利用をする客も多いそうです。鶴味噌に代表される、昔ながら町並みに静かな佇まい。ネットにある一般の旅行サイトに載っていないので、知られていませんが、意外によさそうです。木造2階建て。

柳屋旅館
昭和初期
設計・施工 : 不明
柳川市三橋町江曲225-1
撮影 : 2014.5.15
c0112559_856477.jpg
c0112559_8561542.jpg
 「観光情報 クロスロードふくおか」というHPに内部写真がありました。 ↓↓
c0112559_857828.jpg
c0112559_857181.jpg
c0112559_857286.jpg

by gipsypapa | 2014-09-26 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

鶴味噌並倉

c0112559_961098.jpg
 川下りの観光スポットの一つである鶴味噌並倉。3棟の赤い煉瓦妻面が掘割に面する風景は、水郷柳川の歴史的景観形成に大きく寄与しています。

c0112559_965999.gif

 鶴味噌醸造は1870(明治3)年創業の味噌醸造業の老舗で、今も営業を続けています。通称「並倉」と呼ばれる3棟の蔵は、麹室として使われていた建物で、明治末期から1918(大正7)年にかけて、遂次、建て増しされたもの。いずれも国の登録有形文化財の煉瓦造平屋建て。

鶴味噌並倉(北棟、中棟、南棟)
1909(明治42)年~1918(大正7)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
柳川市三橋町江曲216
撮影 : 2014.5.15
c0112559_974511.jpg
c0112559_9171310.jpg

c0112559_9163784.jpg
 堀の反対側の路地に店舗兼工場の入口があります。
c0112559_984920.jpg
c0112559_985964.jpg
 なまこ壁の土蔵があります。並倉とどっちが古いかわからない風情です。
c0112559_993135.jpg
 相当長大な蔵でした。
c0112559_910191.jpg
c0112559_9101172.jpg
c0112559_9101981.jpg
 西側に掘割があり、並倉が見えてきました。
c0112559_9105171.jpg
c0112559_911255.jpg
 煉瓦はフランス積みです。
c0112559_9113690.jpg
 Wikipedia にある写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-25 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

北原川下りせんべい

c0112559_818436.jpg
 モリヤマ醤油の東隣はなまこ壁の越に真っ白な壁がまぶしい店舗建築。「川下りせんべい」と「川下り饅頭」という暖簾がかかり、「かぶと饅頭」の立て看板があります。ここも名字は北原さんです。木造、土蔵造り平屋建て。

北原川下りせんべい
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
柳川市沖端町48
撮影 : 2014.5.15
c0112559_8194493.jpg
c0112559_8195451.jpg
 店が開いているときの写真をグーグルのストリートビューで。
c0112559_8205952.jpg
 これは食べログにあった写真です。
by gipsypapa | 2014-09-24 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(0)

森山醤油事務所

c0112559_8211378.jpg
 北原白秋生家前に、「モリヤマ醤油」という登録商標の建物があります。森山醤油の本社事務所兼、お土産処です。地元産の小麦・大豆を使った醤油づくり体験もできるようです。木造2階建て。

森山醤油事務所
1990(明治33)年
設計・施工 : 不明
柳川市沖端町52
撮影 : 2014.5.15
c0112559_8214916.jpg
c0112559_8215966.jpg
c0112559_822969.jpg
c0112559_822195.jpg
 閉まっていましたが、ガラス越しに「さげもん」が見えました。
c0112559_8225147.jpg
 青いムツゴロウが「よってらっしゃいよ~!」と言っています。
by gipsypapa | 2014-09-23 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(0)

北原白秋生家

c0112559_8433064.jpg
 童謡の「雨降り」、「ゆりかごのうた」、「砂山」、「からたちの花」、「この道」、「ペチカ」、「あわて床屋」、「待ちぼうけ」「城ヶ島の雨」・・・など数多くの作詞を手がけた詩人の北原白秋(きたはら はくしゅう、1885 - 1942)の生家が北原白秋記念館として一般開放されています。

 大きな造り酒屋であった生家は、なまこ壁の土蔵造りの母屋と穀倉の古風な建物。幕末から明治初期の建築と推定されています。他にも酒蔵や精米所などの建造物があったそうですが、このときに全て焼失しています。県の史跡に指定された1969年に修復と一部復元がなされました。木造平屋建て。

 早朝に行ってみましたが、まだ開いていませんでしたので、中は見ませんでしたが、明治中頃の白壁を残し、内部には白秋の遺品や原稿、写真などを陳列。裏手には蔵造り風の歴史民俗資料館(白秋記念館)があり、2階の白秋コーナーでは白秋の一生とその文学活動を立体的に解説しているそうです。福岡県指定史跡の木造平屋建て、屋根裏部屋付き。

北原白秋生家
明治初期 / 1969(昭和44)年復元
福岡県指定史跡
設計・施工 : 不明
柳川市沖端町55-1
撮影 : 2014.5.15
c0112559_8445172.jpg
c0112559_8451168.jpg
c0112559_8452274.jpg
 朝早すぎて、開いていません。ネットにあった写真です。 ↓
c0112559_8462353.jpg


有限会社北原
c0112559_853493.jpg
 北原白秋生家のとなりにある町屋風の建物は、その分家だそうです。有限会社北原という創業160年の「さげもん」の店。柳川に古くから伝わる「さげもん」は、おひな様と一緒に天井から部屋いっぱいにさげられた、たくさんの飾り付けが付いた柳川つるし飾り雛のことだそうです。木造平屋建て、屋根裏部屋付き。

有限会社北原
江戸末期
設計・施工 : 不明
柳川市沖端町51
c0112559_8533530.jpg
 ここも閉まっていましたがネット上のデジタル写真館α7D-Ⅲに華やかな写真がありました。 ↓
c0112559_8561998.jpg
c0112559_8562991.jpg

by gipsypapa | 2014-09-22 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(0)

柳川の旧戸島家住宅

c0112559_912120.jpg
 朝食前の散歩です。城内地区の西端、鬼童町の一角に、旧柳川藩士の隠宅として建てられた数寄屋風の意匠を持つ葦葺屋根の侍屋敷「戸島氏邸・庭園」があります。堀割から水を引き入れた池を中心とした庭園に建っています。

 朝が早いのでまだ門が開いていません。ネット情報を見ると庭といい建物といい、できれば見ておきたかったところです。庭園は国指定名勝、建物は福岡県指定文化財の木造平屋建て。

旧戸島家住宅
1828(文政10)年
福岡県指定文化財
設計・施工 : 不明
柳川市鬼童町49-3
撮影 : 2014.5.14
c0112559_924863.jpg
c0112559_925796.jpg
c0112559_93846.jpg
c0112559_931931.jpg
 垣根が邪魔をして屋根しか見えませんでした。よってウィキペディアにある写真を借用します。 ↓
c0112559_942530.jpg
c0112559_953726.jpg
c0112559_9439100.jpg
c0112559_944887.jpg


戸島家住宅の隣の民家
c0112559_964966.jpg
 すぐ隣にも古そうな民家があります。和風の住宅ですが、九州では珍しい赤い鉄板葺きの屋根が特徴です。ネット上では情報が見当たりません。木造平屋建て。

戸島家住宅の隣の民家
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
柳川市鬼童町43
撮影 : 2014.5.14
c0112559_971762.jpg
c0112559_972729.jpg
c0112559_973830.jpg
 この細い堀から戸島家へ水が引き入れられているのでしょうか。
by gipsypapa | 2014-09-21 09:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

御花 松濤館

c0112559_923291.jpg
 現在、西洋館や和館はイベントや見学のために使われていて、宿泊設備ではありません。宿泊は4階建ての松濤館というカフェや食事処がある建物を使います。

 1984(昭和59)年竣工の現代的な建物で、ゆったりとした客室は和室と洋室の両方が選べるようになっています。食事は集景亭で有明海の郷土料理です。鉄筋コンクリート造り、4階建て。

御花 松濤館
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
柳川市新外町1
撮影 : 2014.5.14 & 15
c0112559_9241531.jpg
 HPにあった写真。松濤館の屋上から見ています。
c0112559_9243629.jpg
c0112559_9254880.jpg
c0112559_9255860.jpg
c0112559_92615100.jpg
 一人ではもったいない、というより寂しい、ツインルーム。
c0112559_9271193.jpg
 部屋に置いてあった本。「なんとかなるわよ―お姫さま、そして女将へ 立花文子自伝」。柳川立花伯爵家の一人娘として生まれ、テニス日本チャンピオンに耀き、三男三女を育て…。戦後は料亭・旅館「御花」の女将として逞しく時代を生き抜いた、最後のお姫さまが語る明治、大正、昭和、平成。
c0112559_9274135.jpg
 「柳川の殿(トン)さんとよばれて…―旧柳河藩第十六代当主立花和雄私史」。いずれもアマゾンで売っていました。ただし古本です。
c0112559_9282630.jpg
 夕食は集景亭で。まず前菜。真ん中は「ムツゴロウ」、左は「しゃっぱ」、標準語では「シャコ」です。見えませんが小鉢の3種のうちの一つは「わけ」、イソギンチャクでした。
c0112559_9295571.jpg
 刺身の盛り合わせが出た後には「クチゾコ(口底)」、いわゆる「したびらめ」のから揚げです。有明地方では靴の底に似ているため、「クツゾコ」と呼ばれたのが変化したそうです。
c0112559_9303111.jpg
c0112559_9304734.jpg
 メインディッシュはもちろん名物の「うなぎのセイロ蒸し」。前回食べたのはウン十年前。なんとなく味が濃くなっているような気がしました。いや、自分の味覚が年のせいで変わっているのかもしれません。
c0112559_9313984.jpg
c0112559_9352756.jpg
 池の反対側にも現代的な建物があります。レストラン対月館という、外来の観光客や団体を対象とした食事処です。
by gipsypapa | 2014-09-20 09:41 | | Trackback | Comments(2)