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松崎町のなまこ壁住宅(その3)

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 この日の最後のレトロ建築。帰路は一筋西を通って帰りました。なまこ壁の蔵があります。巨大ななまこ壁の塀に取り囲まれた豪邸の一部です。

 蔵の西側に居住区があり、その建物も、よさそうですが、歩き疲れたのと、塀が邪魔して近づいても中は見えず、これ以上追及しませんでした。

 依田という姓が松崎に何軒あるかはしりませんが、少なくとも長八美術館を建てたときの町長が依田敬一氏。また先に紹介した中瀬邸は旧依田直吉氏の住宅、旅館の山光荘も依田家のものだったとあり、昔からの名家だと想像します。木造平屋建て。

依田家住宅
明治末期
設計・施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎
撮影 : 2014.4.21
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 折れ釘の座と呼ばれるもの。「折れ釘」は建物の修理の時に足場かけに利用するもので、釘を覆う円形の盛り上がりを「座」というそうです。

 土蔵造りの蔵によく見かける工夫です。気をつけて見ると発見できることがあります。

おまけ

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どうも、歩いた通りが一筋ずれたようで、見逃したなまこ壁の家をもう一つ。薬学界の最高権威、近藤平三郎博士(1877~1963)の生家。 ウィキペディアの写真を借用しました。

近藤平三郎生家
明治初期
設計・施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎211 
by gipsypapa | 2014-08-31 08:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長八の宿 山光荘

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 伊豆文邸に対面して建つのが老舗旅館の山水荘です。江戸後期に造り酒屋として建てられた依田家の屋敷を丸ごと割烹旅館として改装したとか。伊豆の旧家の建築様式をそのまま生かし、格式を重んじ、落ち着いた佇まいです。

 ちなみに、つげ義春という漫画家が描いた(古い!今の若者は知らないでしょうね)「長八の宿」はこの旅館がモデルで、漫画では「海風荘」として登場します。

 宿泊客でないので玄関周りしか見ていませんが、建物の中には、蔵窓周りの龍虎(右の写真は「しずおか近代和風建築さんぽ」から借用)や寒牡丹、青龍の図など、長八の作品が沢山ある、趣のある宿のようです。「長八の間」という客室が土蔵の2階にあり、縁側の柱や戸袋に長八の漆喰細工が今も残っているそうです。木造平屋 / 2階建て。

長八の宿 山光荘
旧依田家住宅
江戸後期
設計・施工 : 不明
静岡県賀茂郡松崎町松崎284
撮影 : 2014.4.21

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 伊豆文邸の2階から正面に見えます。
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 つげ義春の漫画「長八の宿」。クリックすると大きくなります。

 山光荘のHPから借用した、内部と長八の絵を。
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 「長八の間」と「なまこの間」。
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 ロビーと「青龍の図」。
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 男湯と女湯。
by gipsypapa | 2014-08-30 08:54 | 建築 | Trackback | Comments(0)

松崎町の伊豆文邸

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 北海道旅行から帰りましたので、松崎編を再開します。

 中瀬邸と同じく、明治の呉服商の店舗兼住宅の伊豆文(いずぶん)邸です。中瀬邸が1887(明治20)年の築なので、こちらはそれより13年後に建てられたわけですが、いずれにしろ明治を感じるなまこ壁の建物です。c0112559_8403678.jpg
 母屋は、木造2階建て延べ260㎡で、正面の帳場や土間などが当時の面影を残しています。また母屋の裏にも、なまこ壁造りの土蔵が2棟あります。数年前に松崎町が所有者から建物の寄贈を受け、内部を整備し、明治時代を代表する貴重な歴史建物として無料休憩所にして一般開放しています。母屋は木造2階建て。

伊豆文邸
1910(明治43)年
設計・施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎250-1
撮影 : 2014.4.21


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 裏から敷地に入ったので、勝手がわからず進みます。
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 左が蔵、右は母屋です。
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 足湯がありますが、雨でその気にならず通過。
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 蔵が2棟。張り出した軒を支える柱の下にもなまこ壁の模様とは徹底しています。
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 裏口から覗いて声をかけましたが、反応なし。
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 「入場無料」という立て札を見つけて中へ。無人で開放しているとわかるまでしばらくかかりました。展示品が数多くあるので、ある意味、不用心ともいえますが、無料休憩所だったとは・・・。おおらかです。素晴らしい。
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 ここでも土間の奥に水琴壺(すいきんこ)があります。
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 母屋は2階建てです。
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 中瀬邸では私たち以外に1組の見学者がありましたが、こちらは私たちだけ。拍子抜けのするような静けさ。ゆったり見学しながら休憩しました。
by gipsypapa | 2014-08-29 09:01 | 建築 | Trackback | Comments(0)

しばらく休みます

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 明日から個人的に恒例となった8月末の家族旅行です。今回は家族の強い意向もあり(笑)、レトロ建築の探索は封印。ひたすら自然に浸ります。

 ということで、しばらくお休みをいただきます。松崎編はまだ続きますが、次回は週末ころに。明日は朝が早いので先走って、ごあいさつを。
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by gipsypapa | 2014-08-23 20:55 | Trackback | Comments(2)

伊豆の長八美術館

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 浄感寺の南、国道136号線を渡ると、こちらはひときわ目立つ白く現代的な建物。ここは入江長八の集大成ともいうべき、鏝(こて)絵の作品、約50点を展示公開しています。

 展示館は2棟にまたがり、設計は早稲田大学理工学部建築学科を出て設計事務所を設立して間がないころの石山 修武(いしやま おさむ、1944 - )。

 設計監理がダムダン空間工作所、建築工事は竹中工務店、それに左官工事は日本左官業組合連合会が名工を全国から総動員して全面協力、現代左官技術の粋を集めて完成されたそうです。

 前庭にあるハスの花の噴水は淡路の瓦職人、山田脩二氏の作品。またアクセスの両側は土佐漆喰という極厚で強度が高い特殊な施工法だとか。斬新でユニークな建物自体が吉田五十八賞を受賞しています。鉄骨鉄筋コンクリート造り、一部2階建て。

 とはいえ、見どころは建築物よりも入江長八の作品群であるのは間違いありません。撮影自由という、おおらかな美術館を満喫しました。

伊豆の長八美術館
1984(昭和59)年
吉田五十八賞
設計 : 石山修武+ダムダン空間工作所(設計監理)
施工 : 竹中工務店
左官工事 : 日本左官業組合連合会
賀茂郡松崎町松崎23
撮影 : 2014.4.21






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 ハスの花の噴水は淡路の瓦職人、山田脩二氏の作品。
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 両側は土佐漆喰。
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 鏝(こて)が並んでいます。長八が使ったものではないようですが、こんなに色々な形状があるのです。
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 「富嶽」明治10年、63歳のときの作品。
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 「相生の松」明治9年、62歳。松崎には、この年に集中するように多くの作品を残しました。
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 「聖徳太子」明治9年、62歳。
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 「双象と童子」明治9年、62歳。
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 「寒梅の塗り掛け軸絵図」。明治9年、62歳。わかりにくいとは思いますが、なんと、掛け軸自体も鏝絵なのです。
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 「百福神」明治17年、70歳。
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 「貴人寝所の図」明治8年、61歳。旧岩科村役場の内壁でした。ひたたれ、えぼし姿の貴人が火鉢を前に、枕を引き寄せて人待ち顔の様子。そばに童子が1人。冬の夜長をもてあましている風情が描かれています。
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 有名な「春暁の図」明治8年、61歳の作といわれ、これも旧岩科村役場建物の内壁に描かれたもの。
 「日昇り眠り足って尚起きるにもの憂し。遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き、香炉峰の雪はすだれをかかげて看る」の漢詩をモチーフとした作品。らんかんと床の線が江戸時代特有の逆遠近法で表現されている。
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 「晒木綿」。
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 「龍の図」。明治9年、62歳。長八記念館にも雲龍の図があるように、代表的な図案ですね。
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 はっきりとレリーフとわかる作品はそれほど多くなく、大半は普通の絵具と筆で描いた絵と区別がつきません。しかしルーペを貸してくれるので、それで細部を見ると、わずかですが、確かに浮き上がっていました。すごい技術です。
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 「近江のお兼」明治9年、62歳。
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 二つの建物を2階部分でつなぐ通路には・・・
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 「花を持つ天女」という天井画がありますが、これは長八ではなく、この美術館を建てるときに参加した日本左官業組合連合会のどなたかの作品と思います。
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 ここから別棟、というか、正面に見えた建物です。
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 「青不動明王」明治21年、74歳の作。「赤不動・黄不動と共に〝日本三大不動〟とされている青不動明王を、掛け軸に描く。これは三島・龍沢寺で参禅した長八が、天祐居士と号することになった折、その記念にと精魂を傾けて描いたもの。左右に童子を従えた不動明王の姿は勇ましく、迫力がある。」
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 「白衣観音」板絵。制作年不明。
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 「ホーロクの静御前」。明治13年、66歳。焙烙(素焼きの土鍋)に、源義経の側室となった静御前を描いたものです。
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 「おかめ焙烙絵」。明治20年、73歳。
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 「母子狐」。これはレプリカだったと記憶しています。本物は東京、足立区千住の橋戸稲荷神社にあるはずです。
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 これが長八さん。
by gipsypapa | 2014-08-23 09:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長八記念館(浄感寺)

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 今回の松崎町訪問の一番の目的は入江長八の「鏝(こて)絵」を見ることでした。漆喰を使って左官職人が「こて」で仕上げるレリーフ絵のことです。題材となるのは福を招く物語や花鳥風月が多く、漆喰を極彩色に仕上げたものがほとんどです。日本で独自に発展した技法といえます。まず訪れたのは長八記念館。すぐそばに長八美術館があります。
c0112559_934553.jpg 一般に、洋館でも天井の真ん中にメダリオンと呼ばれるシャンデリアを吊り下げる丸い天井飾りがあり、それにレリーフが配される例は多く見られます。和風建築にある「こて絵」は天井のみならず、壁などの装飾にも使われていて、当時はまだしまも、今は芸術的な価値が認められる一つのジャンルになっています。

 最初に鏝絵を意識したのは5年前に愛媛県八幡浜市の旧白石和太郎邸洋館でした。それ以来、どちらかというと、妻が見たいと言い続けていたため、今回の松崎訪問になりました。

 松崎町は、鏝絵を芸術の域に高めたといわれる、名工(左官職人)で工芸家の入江長八(いりえ ちょうはち、1815(文化12)年-1889( 明治22)年)の生まれ故郷であり、数多くの作品が現存しているためです。

 ちなみに、鏝絵で有名なのは大分県宇佐市安心院町(あじむ)。長八の弟子だった青柳鯉市が、出身地の大分に帰郷して、長野鐵道、山上重太郎や佐藤本太郎などの腕のいい左官職人を育てたことから、明治初期から盛んに描かれるようになり、今も約80~100ヶ所に鏝絵が存在しているそうです。いつか訪ねたいものです。

 最初に訪れた長八記念館は、浄土真宗西本願寺の末寺である浄感寺内にあります。浄感寺は長八が幼少のころ正観和尚が始動した塾で学んだところ。

 その後、左官の修行をし、東京に出て左官仕事や絵の勉強をして、日本橋茅場町の薬師堂の改修工事で、左官と鏝絵の仕事が評判となり名声が高まったときでした。

 長八は弘化2年に郷里松崎の浄感寺本堂が再建されるのを知り、恩師正観和尚報いるべく、江戸から弟子2名を引きつれて工事に加わりました。その時に残した天井絵や漆喰細工などが今も残っています。ちなみに長八の墓はこの浄感寺にあります。本堂は木造平屋建て。

長八記念館(華水山 浄感寺)
1847(弘化4)年
設計・施工 :森富蔵(棟梁)、宮口兵五郎、宮口半兵衛(脇棟梁)、入江長八(採色)
賀茂郡松崎町松崎234-1
撮影 : 2014.4.21
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 長八の鏝絵だけでなく、本堂も見どころがあります。

 柱から横に突き出した部分の彫刻は「木鼻(きばな)」といわれるもので、柱の頂部に梁を横に通したときに両側に突き出した部分で、木の端を意味しています。

 鎌倉時代には単なる張り出しだったようですが、室町時代になってこういう装飾的なものが出てくるようになりました。

 最も華やかなのは日光東照宮でしょう。(←のリンクの最後の画像。)

 動物系では獅子鼻、獏(ばく)鼻、龍鼻や象鼻などがあり。この浄感寺の木鼻は象か獏(ばく)でしょうが、両方とも牙があるので、どっちか定かではありません。

 いずれにしろ手の込んだ彫刻で、長八以外でも見どころはあるお寺でした。これらは工事に参加した彫師の石田半兵衛と江戸由二郎の作と思われます。

 なお、↑ に書いた施工者の名前は当時の軒札が残っていて、そのデータです。長八が左官ではなく、彩色という職名を使っているのは、すでに自分を左官ではなく、絵師と認識していたからだろうといわれています。
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 鏝絵と欄間の彫刻。
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 雲竜。弘化3年、32歳に描かれた巨大な天井画。鏝絵ではなく墨絵です。
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 飛天。同時期の作で、こちらは正真正銘の鏝絵です。ちょっと見にくいので・・・
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 最近古本で購入した「伊豆長八の世界」の・・・
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 中表紙をどうぞ。

 ちなみに入館料は500円でした。
by gipsypapa | 2014-08-22 09:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松崎町の浄泉寺楼門

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 さすがに松崎。お寺もなまこ壁。なまこ壁の塀に囲まれた浄土宗清水山浄泉寺は、1414(応永21)年に僧笈歎が創建したお寺だとか。朱色の鮮やかな楼門が、雨模様の中で異彩を放っていたのでアップします。

松栄山 浄泉寺楼門
江戸期
設計・施工 : 石田半兵衛
賀茂郡松崎町松崎43
撮影 : 2014.4.21
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by gipsypapa | 2014-08-21 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松崎町観光協会

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 ペディメントの玄関がある擬洋風の建物が2戸並んでいます。雨が降っていたせいもあって、よく見ずに通過してしまいましたが、これらは松崎町観光協会の建物だったようです。覗いてみればよかった。木造平屋建て+2階建て。

松崎町観光協会
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎211
撮影 : 2014.4.21
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 2階建ての方はほとんど気づきませんでした。ネットにあった写真です。むむむ、行くべきでした。
by gipsypapa | 2014-08-20 08:59 | 建築 | Trackback | Comments(0)

松崎町「ときわ大橋」の袂にある洋館

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 ときわ大橋の南の袂にある住宅は、なまこ壁の塀で囲まれていますが、建物自体は下見板貼り。心なしか緩やかな傾斜の切妻屋根の妻面にアーチ窓をアクセントにした、松崎では珍しい和洋折衷の住宅です。かなり古いとは思いますが、情報は見つかりませんでした。木造平屋建て。

ときわ大橋の袂にある洋館
昭和初期以前か
設計・施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎196
撮影 : 2014.4.21
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 そのすぐ南にもユニークで古い住宅があります。この門の前まで、なまこ壁の塀には切れ目がありません。建物は2棟ありますが、入り口がここ1か所で、同じ持ち主のものと思います。
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 唐破風の玄関屋根の下の両側にアーチ窓。軒下には赤い丸ランプが下がっています。門の構えなどから見ても、元は医院だったような気がします。ということは、この玄関横は診察室で、大きな建物は医師の住居か、入院できる病室があったのかもしれないと、想像が広がりました。
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 人の気配は感じませんでした。
by gipsypapa | 2014-08-19 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松崎町のなまこ壁住宅(その2)

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 中瀬邸の西に、道路を挟んで隣接する、なまこ壁の建物。これも明治の商家で、昭和の中頃まで回船問屋として営業していた駿河屋だった建物です。
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 大きめの蔵や店舗が3棟並んだ、大規模な商家。やはり地元の豪商だったのでしょう。現在は単なる住居のようですが、人の気配は感じませんでした。

 店舗の軒下に明治の名残でしょう、「電話 一〇七番」という札が貼ってあります。3棟、いずれも木造平屋建て。

旧駿河屋
明治後期
設計・施工 : 不明
静岡県賀茂郡松崎町松崎299-1
撮影 : 2014.4.21
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 ここが店舗だったようです。船の模型が見えたりするのも回船問屋の名残でしょうか。関係ないかな・・・・
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by gipsypapa | 2014-08-18 08:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)