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伊豆長岡温泉 三養荘新館

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 新館の設計者は、現代的な表現技法と伝統的な建築素材を融合する建築様式を確立して、和風建築の設計にも手腕を発揮し、数寄屋住宅の名手といわれた村野藤吾(むらの とうご1891 – 1984)。90才を過ぎてからの晩年の作品です。

 玄関棟から縦横に走る長い廊下に多くの客室がぶら下がるように連なる面白い構造。離れ形式の客室を廊下でつなぐという、工夫された意匠はここの見どころです。

 玄関から西の奥へ奥へと進むと、会議室や大広間、浴場などの共通設備の棟。そこをさらに北に進むと本館の廊下につながる壮大な建物群です。自然の地形を生かした造りになっていて、平屋ながら廊下に傾斜をつけたり階段があったりします。特に玄関から大浴場へ続く廊下は距離が長いため、直線ではなく変化を持たせることで距離を感じさせない配慮をしているわけです。木造平屋建て、一部2階建て。

三養荘新館
1988(昭和63)年
設計 : 村野藤吾
施工 : 不明
伊豆の国市墹之上270
撮影 : 2014.2.23-24
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 玄関から
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 ロビーへ。
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 ここから本館まで長い廊下が続きます。途中に枝分かれした所に部屋がぶら下がる構造です。
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 泊まった部屋は「夕月」。本間+次の間+化粧の間、掛け流し内湯付きというタイプです。基本的に三養荘の新館は同じような構成になっているようです。
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 本間、次の間、洗面所、化粧の間からなり、庭(マイガーデンです)に面した広縁があり、ゆったりとした和室です。廊下も含めて、とにかく広い。
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 奥の広い脱衣所から内風呂へ。床に伊豆石を使用した源泉かけ流しで、一番気に入ったところです。もちろん共同の大浴場もあります。
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 食事は部屋で懐石料理。部屋係の仲居さんが食べ終わるのを見計らって次の料理を持ってくる方式でした。係の仲居さんの後ろにはもう一人、部屋の入口まで料理を運ぶ役の仲居さんがいたようです。便利なようで、なかなかマイペースで食べられないのが、玉にきずか。
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 玄関脇に定礎の刻印。「昭和六十三年 堤 義明」と刻まれていました。新館ができたころからプリンスホテル系列だったわけです。
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 敷地の入口にある円形のラウンジ。これも村野藤吾設計。
by gipsypapa | 2014-05-31 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

伊豆長岡温泉 三養荘離れ

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 本館に続いて建てられた離れ。「高砂」、「花月」、「きぬた」の3棟があります。いずれも本館の意匠を継続した数寄屋造りの瀟洒な建物です。木造平屋建て。

三養荘離れ
1967(昭和42)年
設計・施工 : 不明
作庭 : 小川治兵衛
伊豆の国市墹之上270
撮影 : 2014.2.23&24
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 池を中心に広がる圧倒的な庭園を・・・小川治兵衛の作庭ですが、ここは七代目ではなく八代目みたいです。
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 敷地の高台にある東屋からの展望です。
by gipsypapa | 2014-05-30 09:53 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

伊豆長岡温泉 三養荘本館

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 去年の10月に続いてクラシックホテルのツアーに参加しました。今回は伊豆半島です。

 伊豆長岡温泉三養荘は昭和初期に建てられた、旧三菱財閥の創始者岩崎弥太郎の長男久彌の別邸だったものです。京都の庭師小川治兵衛(多分7代目)の手による壮大な日本庭園の中に、瀟洒な数寄屋造りの和風建築が並んでいます。1947(昭和22)年に旅館「三養荘」として15棟で営業を始めたそうです。現在はプリンスホテルのチェーンです。

 本館は1929(昭和4)年に建てられた「老松」「木曽」「巴」「松風・小督」と1967(昭和32)年に増築された「みゆき」からなっています。

 三養荘のHPから。
日本の伝統芸能である能に由来する言葉を客室名に冠した本館客室は、圧倒的な“和”を感じさせるしつらい。床柱・なげしげた・欄間など細部にわたるまで技を凝らしており、日本ならではの“細やかさ”を体現しています。三菱財閥の総帥であった岩崎久彌が自身の居間として使用した「松風」や「小督」も、客室としてご利用いただくことができます。

 現在は離れや新館が加わり、3000坪の広大な庭園の中に40棟の客室が点在しています。一つとして同じ部屋はないそうです。本館、離れ、新館の順に紹介します。木造平屋建て。

三養荘本館
旧岩崎久彌別邸
1929(昭和4)年 / 1967(昭和32)年
設計・施工 : 不明
作庭 : 小川治兵衛
伊豆の国市墹之上270
撮影 : 2014.2.23-24
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 左から「老松」
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 「木曽」と「巴」
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 「松風」と「小督」
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 「小督」のアップ
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 「みゆき」。戦後に増築されました。
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by gipsypapa | 2014-05-29 14:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

有楽町から帰路へ

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 もうすぐお昼。有楽町駅へ向かう途中に行列を発見。そうか、これが最近オープンした近大マグロの店なのか。大阪も行列らしく、並ぶのが嫌いな小生はまだ行ったことがありません。

近畿大学水産研究所 銀座店
東京都中央区銀座6-2
撮影 : 2013.12.8
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 JR有楽町駅に向かうのに近道に思えるガード下に入りました。廃墟系の暗くて狭い通路が続いています。
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 ここから有楽町ではなく、新橋方面に歩いたらもっと店もあったようです。ネットにあった写真の一部と記事を紹介します。

 JR新橋駅と有楽町駅の間のガード下はちょっとした異空間。こんな通路が数百メートル(?)続いています。赤提灯あり、自転車置き場あり、そして、怪しげなお店もあります^^

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 ↑ のページには他にもたくさん写真があります。興味がある人はどうぞ。

 東京にもこういう不思議な空間があるのですね。大阪や神戸にもあるわけですが、このような廃墟系は中津のガード下、いわゆる「中津高架橋下」でしょう。これは大阪編で近々アップします。
by gipsypapa | 2014-05-28 08:55 | | Trackback | Comments(2)

海洋ビルヂング

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 銀座で今も頑張っているビルです。暇があるごとに日本中のレトロ建築を調べて、リストにしています。旅行などの訪問先の近くにある建物を見逃さないようにするためです。今回、事前にリストの建物を調べましたが、この十年くらいの間に銀座にあったレトロビルのかなりの数が解体されてしまいました。

 例をあげれば、越後屋ビル、平和生命館、銀座ビルディング、西銀座ビル、香蘭社ビル、足立ビル、瀧山町ビル、銀録館、磯部ビル、新田ビル・・・・

 その中でよく残っているなと思うのが、この海洋ビルヂング。コーナーを切り落とし、縦長窓が並ぶレトロ感一杯のテナントビルです。階段室上部には屋上に出るための小さな塔屋のようなものが見えます。老朽化しているのでしょうか、3階から上にはネットがかけられ、窓の一部は塗り塞がれています。遠目にはスクラッチタイル貼りに見えました。鉄筋コンクリート造り、4階建て。

海洋ビルヂング
1930(昭和5)年
設計・施工 : 不明
東京都中央区銀座6-4-11
撮影 : 2013.12.8
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 「海洋ビルヂング」と書いてある部分にシャッターが下りていますが、ここがビルの入口で階段の昇り口です。
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  飲食店がいくつか入っています。シャッターの左側はBAR CHICOTE。昭和21年創業で昭和30年にこのビルに入居した老舗バーだとか。東京在住なら銀座ライオンで下ごしらえをして、ここで仕上げというコースは一つの理想なのですが・・・

 ここまで来ると有楽町駅はすぐそこ。大阪に帰ります。
by gipsypapa | 2014-05-27 11:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

電通銀座ビル

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 広告代理店大手の電通の前身、日本電報通信社の本社ビルとして昭和初期に建てられたもので、電通本社としては2代目だそうです。

 当時としては最先端のモダニズムのオフィスビル。角に丸みを持たせ、上層部は光沢のある黒い小口タイル貼りの外壁、1階は石貼り風の外壁にガラスブロックの大きな窓があり、採光と目隠し効果を兼ねています。

 全体のスタイルは機能主義を基本としアメリカスタイルのビルですが、細部には様式主義的な香りも併せ持っています。エントランス上部に、星型の社章とその左右に男女を象ったレリーフ。男性が広目天、女性が吉祥天という神話の世界のキャラクターで、広告の神様というような意味があるとか。またエレベーターホールのモザイクタイルが見どころです。鉄筋コンクリート造り、8階建て、地下1階。

電通銀座ビル
旧日本電報通信社本社
1934(昭和9)年
設計 : 横河民輔(横河工務所)
施工 : 直営
東京都中央区銀座7-4-17
撮影 : 2013.12.8
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 1階にはガラスブロック。アメリカスタイルのビルによく見られます。
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 クラシックな雰囲気のエントランス。
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吉祥天と広目天。
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 エレベーターホールです。
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 レトロなエレベーターホールには壮麗なモザイクタイル画がありました。
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by gipsypapa | 2014-05-26 11:38 | 建築 | Trackback(1) | Comments(8)

丸嘉ビル

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 交詢通り、交詢ビルディングの向かい側にある丸嘉ビルは、袋物商として創業した老舗の丸嘉商店だった建物で、現在は高級時計、貴金属のピアジェの店鋪兼事務所として使われています。

 設計者が台湾総督府営繕課にいて台北の総統府台北賓館監察院国史館などを設計した森山 松之助(もりやま まつのすけ、1869 - 1949)なので重厚な建物を予想していましたが、意外にもスパニッシュ風の瀟洒で軽快なデザインです。

 ネット情報によれば、1階の円柱や2階までの白い壁面は、後にパネルでカバーされたものだそうです。古い部分が一部しか見えないのが現代的な印象を与えるのでしょう。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

丸嘉ビル
旧丸嘉商店
1929(昭和4)年
設計 : 森山松之助
施工 : 清水組
東京都中央区銀座7-7-1
撮影 : 2013.12.8
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 そういえば今回はいけませんでしたが、同じ銀座にヨネイビルディングという森山松之助が設計したビルがあり、こちらは写真で見る限り、彼らしいようです。
by gipsypapa | 2014-05-25 11:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

交詢ビルディング

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 典型的なファサード保存の例です。交詢社は福澤諭吉が提唱して結成された日本最初の実業家社交クラブだとか。クラブの本拠地として建てられたのがこの交詢ビルディング。慶應義塾出身者がメンバーの中心ですが、一般の加入者もあったそうです。ビル前の道路は「交詢社通り」という地名にもなっています。

 関東大震災で被災した後の1929(昭和4)年に建てられた歴史的建造物でしたが、2004年に建て替えられました。新しいビルは地上10階のテナントビルになっています。正面の一部にファサード保存によって以前の建築の一部がのこっています。なお、旧ビルは横河工務所の横河時介で新ビルの設計・施工は清水建設です。

交詢ビルディング
1929(昭和4)年 / 2004(建替え)
設計 : 横河時介(横河工務所)
施工 : 不明
東京都中央区銀座6-8-7
撮影 : 2013.12.8
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by gipsypapa | 2014-05-24 09:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

ライオン銀座七丁目ビル(銀座ビヤホール)

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 銀座7丁目の角、銀座通りに面して銀座ライオンビルがあります。その1階にある日本のビアホールの草分け的なサッポロビールの銀座ビアホールが有名。旧大日本麦酒株式会社銀座店の事務所兼ビアホールとして建築された古い歴史を持っています。

建物は外壁の改装が行われていますが、ビアホールの内部は創業時のままだそうです。設計は曾禰中條建築事務所から独立し個人の設計事務所を開設した、菅原 栄蔵(すがわら えいぞう、1892 - 1967年)。鉄筋コンクリート造り、地上6階建て、地下1階。

ライオン銀座七丁目ビル(銀座ビヤホール)
旧大日本麦酒ビヤホール
1934(昭和9)年
設計 : 菅原栄蔵
施工 : 竹中工務店
東京都中央区銀座7-9-20
撮影 : 2013.12.8
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 訪ねたのは午前中なので中には入りませんでした。仕方なく「食べログ」にあった写真を借用します。↑ ↓
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 正面の巨大なガラスモザイク壁画。
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 戦後は米軍に接収されて約6年間、米軍専用ビヤホールとして使用されたそうです。むむむ・・・
by gipsypapa | 2014-05-23 09:08 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

改造社書店

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 歌舞伎座の近くにユニークな商業ビルがあります。向かって左はBooks KAIZO、右側は中華食堂日高屋の看板があり、左右のファサードは全く違う外装になっていますが、よく見ると一つのビルであるのがわかります。

 左側は改造社書店で昭和初期流行のタイル貼りの外壁で、右はモルタル打ちっぱなしのシンプルな外壁。最上階左右にパラペットがあり、塔屋が建っていますが、この塔屋も左右違った意匠になっているのが面白いです。鉄筋コンクリート造り4階建て、塔屋付き。

改造社書店
1930(昭和5)年ころ
設計・施工 : 不明
東京都中央区銀座5-13-18
撮影 : 2013.12.8
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 切れ目です。左側の窓の間のレリーフ装飾が、右側は未完成ですね。またちょうど境目に鉄製の構造物がありますが、屋上排水の樋の跡か・・・?
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歌舞伎座
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 すぐ近くに歌舞伎座がありますが、2014年に建て替えられたばかり。遠くから眺めるにとどめました。ちなみにこの形状の最初は第3期(1924)、岡田信一郎設計。第4期は吉田五十八、そしてこの第五期は隈研吾の設計ですが、いずれも第3期のデザインを継承しています。

歌舞伎座
東京都中央区銀座4-12-15
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by gipsypapa | 2014-05-22 09:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)