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函館の若林家住宅

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 函館公園の東隣に白い下見板張りの洋館があります。擬洋風の1階建て部分と南に面した2階建ての洋館からなっています。緩やかな赤い鉄板葺きの屋根が複雑に組み合わさった北国らしい家屋です。洋館部は南側1階部分に出窓のある瀟洒な住宅。木造2階建て。

若林家住宅
1937(昭和12)年
設計・施工 : 不明
函館市青柳町
撮影 : 2013.8.29
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 敷地の東側には蔵があり、ここも住居として使われているようです。
by gipsypapa | 2014-01-31 09:50 | 建築 | Trackback | Comments(6)

函館市立図書館旧本館

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 函館公園の南側の一角に大正から昭和初期に建設された図書館があります。現在は市立図書館の施設は五稜郭に移転してしまったため空き家になっています。

 建物は1棟に見えますが、2期に分かれて立てられました。現在の正面玄関がある本館の建物は昭和初期のもので、その背後にある5階建てが大正時代に建てられた部分です。

 本館棟は昭和2年の完成で、元々は正面玄関を中心とした左右対称形でしたが、1963(昭和38)年に向かって右側に閲覧室が増築され右側が広くなっています。

 中央1階部分は半円アーチの奥に通用口があり、左右から階段を上った2階が中央玄関になっているのが珍しい。玄関ポーチの大円柱や上部の三角ペディメント、3連の半円アーチ窓とレリーフが様式主義的な意匠です、そのほかは意外に簡素なイメージです。

 内部にも見どころが多いようで、特に多様なステンドグラスがよさそうです。この辺は「関根要太郎研究室@はこだて」「旧函館市立図書館の今」にある写真をご覧ください。

 設計はこのブログで函館市公民館旧函館市立弥生小学校を紹介した函館市建築課の小南武一。鉄筋コンクリート造り3階建て。

函館市立図書館旧本館
1927(昭和2)年
設計 : 函館市建築課(小南武一)
施工 : 堀田組
函館市青柳町17-2(函館公園内)
撮影 : 2013.8.29
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旧函館市立図書館書庫
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 本館棟とつながっているのでわかりにくいのですが、本館の背後にある5階建て部分は大正5年に建てられた書庫棟です。

 本館ができるまではこの書庫棟だけがあったと考えると、形状が幅広で薄っぺらいのが不思議な気がします。想像するに本館ができるまで11年間のギャップがあるにしろ、本館が増設されるのを前提に建てられた可能性があります。

 昭和9年の函館大火にも耐え、貴重な資料が守られたといわれ、防火機能的に優れた建物です。こちらの設計はかの辰野金吾の辰野葛西建築事務所。施工は明治から大正にかけて旧函館区公会堂などを手掛けた北海道屈指の工事請負人、村木甚三郎とその息子の村木喜三郎。鉄筋コンクリート造り5階建て。

旧函館市立図書館書庫
1916(大正5)年
設計 : 辰野葛西建築事務所
施工 : 村木甚三郎、村木喜三郎
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by gipsypapa | 2014-01-30 11:35 | 建築 | Trackback | Comments(4)

旧函館博物館2号

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 1号の少し南にある旧函館博物館2号は、当時、東京にあった開拓使東京出張所仮博物場が閉鎖する際、その収蔵物を収める目的で建てられ、博物館として1号より5年後の1884年に開館したものです。

 同じく木造平屋建での小さな博物館ですが、こちらは左右非対称。玄関上部のアーチ型の欄間や半円アーチ窓をなら別など華麗な意匠となっています。真っ白な下見板張りの外壁と赤い鉄板葺き屋根の色の対比が鮮やかです。北海道指定有形文化財の木造平屋建て。

旧函館博物館2号(函館県博物館)
1884(明治17)年
北海道指定有形文化財
設計 : 函館県技師
施工 : 浜谷新助
函館市青柳町17-5
撮影 : 2013.8.29
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by gipsypapa | 2014-01-29 09:28 | 建築 | Trackback | Comments(0)

旧函館博物館1号

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 4年ぶりの函館。朝から前回見逃したレトロ建築を中心に市内を散策しました。まずは青柳町の函館公園へ。

 旧函館博物館1号は、開拓使函館支庁が1879年(明治12年)にE.S.モースから寄贈された採集物を展示・収蔵することと、開拓使製造物の見本陳列する目的で建てられた小さな博物館です。現存する日本で最も古い博物館だそうです。

 建物は瓦葺きの方形屋根の玄関を中央に置く左右対称の建物。窓は防犯の目的でしょう、鉄格子が入っています、真っ白な下見板張りの外壁がまぶしい北海道指定有形文化財の木造平屋建て。

旧函館博物館1号(開拓使博物場)
1879(明治12)年
北海道指定有形文化財
設計 : 開拓使函館支庁
施工 : 田中善蔵
函館市青柳町17-5
撮影 : 2013.8.29
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by gipsypapa | 2014-01-28 11:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

函館へ

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 弘前からJRで青函トンネルをくぐります。今回の旅行の往路は伊丹からJALで青森まで飛びました。本来は青森県だけを廻って復路も飛行機で帰るつもりでしたが、とにかく大阪・青森間はJAL便しかなく、競争の原理が働きません。27,500円/人と高いのです。

 一方、大阪と函館間はANAも飛んでいるためでしょう、距離が長いにもかかわらず、19,000円/人。つまり片道8,500円/人も違います。家族3人で25,000円の差額が発生。つまり日程をのばして、函館までJR特急で移動し、かつホテル代を入れてもほぼ同額になることがわかりました。娘が函館に行ったことがないこともあり、函館を追加することにしたわけです。

 弘前からからJR特急つがる3号で青森へ、すぐにJRスーパー白鳥25号に乗り継ぎます。

撮影 : 2013.8.28

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 初めて通る青函トンネル。青森からガラガラで発車し、途中駅での乗客もなく、トンネルに入りました。
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 ところが青函トンネルの中にあり、乗り降りができる国内唯一の海底駅「竜飛海底駅」でかなりの乗降客があり驚きました。実は今年(2014)の3月でこの駅が廃止されるため、駅の見学ツアーが大人気だそうです。といっても. 整理券の販売は既に終わり、ネットオークションでは高値で取引されているとか。

 ちなみに駅の標識には、次の駅名に「吉岡海底駅」というのがありますが、休止中というかすでに使われていません。
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 トンネルの縦断図。左が本州側で、②が竜飛海底駅、③が吉岡海底駅です。
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 トンネルを抜け、函館湾越しに函館山が見えてきました。
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 4年ぶりの函館。すでに夕刻。この日はホテルにチェックインして、街に海鮮料理を食べに行きます。レトロな建物巡りは明日からです。
by gipsypapa | 2014-01-27 09:11 | | Trackback | Comments(2)

弘前市を観光

 弘前市の最後は観光です。レトロな建物巡りが忙しく、いわゆる名所はパスしてしまいました。ということで、今回も妻と娘の写真です。
 弘前城
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 弘前といえば弘前城。別名・鷹岡城、高岡城とも呼ばれ江戸時代初期に建造された天守や櫓などが現存し、それらはいずれも、国の重要文化財に指定され、また城跡は国の史跡に指定されています。また敷地内は弘前公園として市民に開放されています。

弘前城
1611(慶長16)年
設計・施工 : 不明
弘前市大字下白銀町1
撮影 : 2013.8.27
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 津軽藩ねぷた村
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 青森といえば「ねぷた」または「ねぶた」祭りが有名です。県内には土地それぞれに数多くのねぷたがありますが、全国的に有名なのは、青森ねぶたと弘前ねぷたです。これらは、1980年に重要無形民俗文化財に指定されました。これら2枚の写真はWikipediaから拝借。
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 弘前には津軽藩ねぷた村という弘前ねぷたをテーマとした体験型の観光施設があります。武者の人型や武者絵の描かれた扇型の山車燈籠など華やかな展示品が並んでいました。

 ねぷた村にある蔵は藩の米蔵として建てられ、後に小学校の校舎や味噌蔵としても活用された土蔵。現在は津軽塗やこぎん刺し、弘前こけし、津軽焼、津軽凧など弘前の民工芸品の工房として活用されています。弘前市趣のある建物に指定された土蔵造り、平屋建て。

津軽藩ねぷた村(蔵)
1865(慶応元)年
弘前市趣のある建物
設計・施工 : 不明
弘前市亀甲町61
撮影 : 2013.8.27
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 揚亀園(ようきえん)。
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 ねぷた村にある日本庭園です。津軽で盛んだった大石武学流の造園を代表する庭園だとか。国の登録記念物。
by gipsypapa | 2014-01-26 10:08 | | Trackback | Comments(2)

太宰治記念館「斜陽館」

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 弘前は昨日で終わるはずでしたが、忘れ物がありました。太宰治記念館「斜陽館」です。私自身が訪ねたわけではなく、別行動した妻と娘が行ったので忘れていました。

 弘前からJR奥羽本線で川部へ。JR五能線に乗り換えて五所川原へ。さらに最後が線津軽鉄道に乗って金木駅下車。片道3時間近くかかるので弘前からは丸1日必要です。

 この家は太宰治の父、明治の大地主であり県会議員、衆議院議員、多額納税による貴族院議員をつとめた地元の名士、津島源右衛門が建てた豪邸で、太宰治が幼年期をすごした生家です。

 戦後に津島家が手放してから、1959(昭和25)年から旅館「斜陽館」として営業し、全国から多くの太宰ファンが訪れていたそうです。1996(平成8)年3月に旧金木町が買い取り、旅館「斜陽館」は46年の歴史に幕を降ろしました。現在は、五所川原市太宰治記念館「斜陽館」として、五所川原市立の観光施設となっています。c0112559_10213364.jpg

 主屋は入母屋造りの派風建築で、南北に走る表通りに西に面して建ち、宅地正面と両側面西半に煉瓦塀を廻らしています。津軽地方の伝統的町家の形式を踏襲ながら,洋間を設けるなど、創意に富んだ新しい時代の邸宅です。また日本三大美林のヒバなどの良材を使い、巧緻な技術が駆使された大規模な近代の住宅建築として貴重で、土蔵や煉瓦塀などを含めて、それぞれ国の重要文化財に指定されています。

 建築工事を請け負ったのは弘前編でおなじみの堀江佐吉で、設計も佐吉によると思われますが、本人は完成を見ることなく亡くなり、棟梁を四男の斉藤伊三郎がつとめて完成させたそうです。国の重要文化財の木造2階建て。

太宰治記念館「斜陽館」
旧津島家住宅主屋
1907(明治40)年
重要文化財
設計 : 堀江佐吉
施工 : 斎藤伊三郎
五所川原市金木町朝日山412-1
撮影 : 2013.8.28
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by gipsypapa | 2014-01-24 10:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

鏡ヶ丘記念館

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 青森県最古の木造校舎。青森県立弘前高等学校敷地内にある『鏡ヶ丘記念館』は、明治中期に青森県尋常中学校の校舎として建てられた木造2階建ての洋風校舎の一部です。

 切妻造り鉄板葺の屋根に、外壁はこげ茶色の下見板りで、窓回り見切縁は赤茶色の縦長窓の上げ下げ窓を狭い間隔に並べています。窓の形から見て天井が高く、明るい教室のようです。

 設計は堀江佐吉門下で旧制弘前高校外国人教師館を請け負った川元重次郎です。青森県重宝の木造2階建て。

鏡ヶ丘記念館
旧青森県尋常中学校校舎
1894(明治27)年
青森県重宝
設計 : 川元重次郎
施工 : 川元組
弘前市新寺町1-1
撮影 : 2013.8. 28
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 これで弘前とはお別れ。JRで青函トンネルを通って函館へ向かいます。
by gipsypapa | 2014-01-23 09:59 | 建築 | Trackback | Comments(0)

太宰治まなびの家

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 旧弘前偕行社の近くに太宰治まなびの家があります。酒造業を営む名家高嶋屋の分家、藤田家の住宅です。太宰治(津島修治)藤田家と親戚だったため、官立弘前高等学校(弘前大学の前身)在学期間中の約3年間ここに下宿しました。

 この住宅が建築された大正時代は、日本住宅事情の一大変革期とも言われるそうで、ここでは「中廊下型平面」といわれる新しい様式が採用されています。

 大正時代の和風住宅の特徴である1階部分と、太宰治が学生時代に使用した2階の部屋を自由に観覧できます。太宰が使用した机、茶箪笥などがそのまま残っており、当時の雰囲気を感じることができます。弘前市指定有形文化財の木造2階建て。

太宰治まなびの家
旧藤田家住宅
大正期
弘前市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
弘前市御幸町9-1 
撮影 : 2013.8.28
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 「中廊下型平面」。玄関から奥まで廊下が一直線に通っていて、その両側に部屋があります。
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 藤田家主人の居間。ここだけは吹き抜けになっていて2階がありません。
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 太宰治の部屋は2階にあります。
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by gipsypapa | 2014-01-22 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(0)

旧弘前偕行社(弘前女子厚生学院記念館)

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 明治末期の旧陸軍第8師団の弘前開庁のとき、陸軍将校の社交倶楽部として建てられました。第二次大戦後は弘前女子厚生学院が用い,近年は同学院の記念館などにも活用されています。

 偕行社は過去に同じ重要文化財の善通寺の旧陸軍第11師団偕行社(善通寺市立郷土館)を紹介していますが、こちらも同じ意匠を基調とした大規模な洋風建築です。

 ここの4年前に建てられた旧善通寺偕行社は,簡明なルネサンス様式の意匠でまとめられていましたが、こちらは正面ファサードが、さらにルネサンス風を強調しています。

 左右対称形の東西に長い瓦葺きの建物で、両端翼棟を前後に突出させています。正面は中央部を張出して切妻屋根の車寄せ付き玄関ポーチを配置し、後方にある赤い鉄板葺きの方形屋根と屋根窓がルネサンスらしい印象的なデザインです。

 内部は広大な広間を中央部に置き、左右の翼棟に師団長室などの小部屋を配する、偕行社特有の部屋配置になっています。壁のクロス張りや床の絨毯、外国製と思われる材料で造られた暖炉など、陸軍将校の社交場としての華やかさを感じます。

 設計は建築工事の請負人の堀江佐吉。彼は起工後2か月後に他界したとか。棟梁は長男の彦三郎、世話係に六男の金蔵で、子供たちの手で起工から6か月をかけて竣工させたそうです。

 ネット情報には出てきませんが、堀江組に発注・指導したのは、当然ながら陸軍省営繕組織のはずです。大広間に善通寺偕行社の模型が置いてあったように、これを参考にしたと思われます。国の重要文化財の木造平屋建て寄棟屋根瓦葺き。

旧弘前偕行社(弘前女子厚生学院記念館)
1907(明治40)年
重要文化財
設計 : 堀江佐吉
施工 : 堀江彦三郎、堀江金蔵(堀江組)
弘前市御幸町8-10
撮影 : 2013.8.28
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 正面からはただでさえ左右が幅広なうえに、正面に植樹のロータリー、左右に大木が立っていて全貌を写真では撮ることができません。
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 裏側は善通寺と同じように広大な芝生の庭で、上手く全体が撮れました。
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 ネット情報では「三角破風には第8師団の“8”にかけたと言われる“蜂”の鉄製飾りが施されているなど細かい洒落も見られる。」とあります。これ蜂でしょうか?
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 門柱には「旧弘前偕行社」と「弘前女子厚生学院」の二つの表札。

 ちなみに国の重要文化財に指定されている旧偕行社には、さらに古い1902(明治35)年築の旧旭川偕行社があり、こちらは2階建てで、善通寺や弘前とは全く違った意匠を採用しています。一度は見たい建物です。
by gipsypapa | 2014-01-21 09:30 | 建築 | Trackback | Comments(0)