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四国村 久米通賢先生旧宅主屋

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 四国村ホームページ。

 江戸時代、香川県の塩の生産量は全国の半分近くを占めていました。その製塩の基盤をつくったのが久米通賢です。安永9年(1780年)、東讃岐の引田町馬宿に生まれた久米通賢は平賀源内とともに、讃岐を代表する江戸時代の科学者です。

 測量術にすぐれ、軍船、大砲、撃発式鉄砲、ピストルから、扇風機までをも発明しました。
この主屋は、平屋建て寄棟造り茅葺。解体に当たって天井裏から、測量器具、大砲の鋳型の原形などが発見されました。


文化庁のホームページ。

 もと香川県大川郡引田町馬宿に所在した。江戸時代後期のオランダ流砲術家として知られる久米通賢の旧宅。寄棟造、茅葺の四周に本瓦葺の庇を回した「四方大蓋造り」と呼ばれる香川・徳島県に特徴的な民家の形式をもつ。

四国村 久米通賢先生旧宅主屋
江戸後期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-28 13:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 添水唐臼小屋(そうずからうすごや)

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 添水(そうず)とは、竹筒に水を引きいれ、たまる水の重みで反転した竹筒が石などに当って音を鳴らし、畑を荒らす鳥獣を追い払うために作られたもの。音色を工夫し、庭の風情のための「ししおどし」として、現在でも用いられています。

 これを利用し、穀類を精白するために臼に入れて杵でつくための装置。水が少ないところで、個人または隣近所が共同で利用したのが添水唐臼で、俗にソウズと呼ばれていました。この小屋は徳島県美馬郡一字村木地屋にあって昭和30年ころまで使われていた小屋を復元したものです。

四国村 添水唐臼小屋(そうずからうすごや)
江戸期
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-27 13:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧下木家住宅

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 四国村ホームページより。

 冬の間は雪で閉ざされる剣山麓の、標高1000mのところにあった民家。安永10年(1781年)の建物で、寄棟造り茅葺、間口七間、奥行四間で「本三六」の家と呼ばれます。間取りは、オモテ、ナイショ、ニワの三間に分かれています。


高松市のホームページより。

 この家は剣山北側(徳島県美馬郡一宇村)で、周囲は山にかこまれ南斜面を造成した東西に細長い敷地にあった。昭和51年に移築、復元した。屋根は寄棟、茅葺で、東側面に杉皮葺の便所、物置がある。主屋は間口7間(約12.73メートル)、奥行4間(約7.3メートル)、前面に土庇がつき、東側の下屋は杉皮葺の建物である。棟札に「安永十辛丑(1781)三月吉辰日」と墨書がある。

 西方1間半を土間、次の2間を「ナイショ」次の3間を「オモテ」、東の下屋を押入れ、オモテ後方の下屋に仏壇や押入がある。各室境に1間ごとに「コキ柱」を立てる。両室とも板敷で、天井は張られていない。オモテ南西隅に流し場、土間寄り中央にカマドを設けてある。外壁は大壁である。二間取の民家は古くは剣山地方にあったが、このように建築年代が明確なものは珍しい。太い梁を組んだ木組の空間構成はすばらしく、棟梁(とうりょう)の技法も魅力的である。


四国村 旧下木家住宅
1781(安永10)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-26 13:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 土佐の楮蒸し小屋

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 文化庁のホームページから。

 もと高知県高岡郡檮原町越智面に所在した。土佐紙の原料である楮や三椏を蒸すための小屋。内部に石で窯を築き、蓋として釜にかぶせる大桶を上げ下げする装置をもつ。寄棟造、茅葺で、外壁をも茅で葺いている点に特徴がある。

四国村の説明文。

 土佐は高級和紙の産地です。この楮(こうぞ)蒸し小屋では伝統の和紙づくりが行われていました。切りそろえた楮やみつまたを束にして、釜に立て、上から桶をかぶせて蒸す。取り出して皮を剥ぎ、黒皮を取り、水に浸した白皮をモチにして、棒でたたく。最後に水に入れてすくい上げ、紙に漉く・・・和紙作りは、手のかかる作業でした。

四国村 土佐の楮蒸し小屋
昭和前期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
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by gipsypapa | 2013-02-25 13:02 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧クダコ島燈台退息所

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 クダコ島燈台は愛媛県松山市の沖、クダコ水道にあります。明治35年(1902)7月に着工、翌年3月に竣工、初点燈。クダコ島は周囲1.8kmの小さな島で、この退息所は隣の周囲13.5kmの怒和島(ぬわじま)にあったそうです。毎日船で通ったのでしょうか。戦後、燈台の無人化にともない、この退息所が不要になったため、平成10年に四国村に移築復原されました。

 なおクダコというのは中世の頃、この島を拠点にしていた水軍の呼び名で、鎌倉から戦国時代の水軍だった忽那(つくな)家文書に「久田子衆」や「九多児衆」と書かれているそうです。

 建物は本館と別館の2棟があります。本館は寄棟造、桟瓦葺。内部は左右二つに分かれ、二家族用として、畳敷き押入付き和風の部屋が配してあります。この退息所は明治後期の建築のため、灯台守も日本人に変わったようで、部屋も和風の要素が強くなっています。洋式燈台初期のものとは違い、日本人灯台守用の官舎の標準といわれ、日本の燈台建築の変遷を知るうえで貴重です。別棟ともに国の登録有形文化財の煉瓦造り、モルタル仕上げの平屋建て。

四国村 旧クダコ島燈台退息所
 1903(明治36)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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 南側には本館と棟を直交させて建つ小ぶりな別棟。寄棟造、桟瓦葺で、ほぼ中央部に防火壁を立ち上げて、手前が風呂場、後方は倉庫です。国の登録有形文化財
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 これは日時計。花崗石製で、八角平面の二重礎盤に徳利状の円竿を建て、饅頭状の台が載っています。高さは1.15m。灯台吏員退息所の必要不可欠な施設のひとつとか。 こちらも国の登録有形文化財
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 なお、文化遺産オンラインのデータでは鉄筋コンクリート造りで、他のサイトでもそうなっているのが多いのですが、四国村の解説では、煉瓦造りのモルタル仕上げとあります。

 実際に見た感じでも鉄筋コンクリートとは思えず、かつ時代的にも1903(明治36)年は、まだ普及していないはずですから、煉瓦造りとしました。確かに表面がモルタル仕上げなので、コンクリートが使われたのは間違いないでしょうが、鉄筋は入ってないでしょう。無筋コンクリートの可能性はあります。

 ちなみに調べてみると、日本で初めて鉄筋コンクリート構造物が出来たのは田邊朔朗がメラン式アーチ桁橋を琵琶湖疏水に採用した1903年、まさにこの建物の築年だそうです。
by gipsypapa | 2013-02-22 13:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧鍋島燈台退息所

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 香川県坂出市与島町鍋島ににあった燈台退息所。鍋島燈台は神戸・長崎間航路にある瀬戸内海の小島に位置し、明治5年(1872)に初点灯。この外国人灯台守用の宿舎は翌6年に竣工しました。昭和30年(1955)頃までは、本来の灯台守用宿舎として使用されましたが、その後は海上保安本部の通信施設として使われたそうです。

 この建物も設計はブラントンの指導によるものとされ、寄棟造、桟瓦葺の正面に6本の素朴なトスカナ式列柱のベランダがあります。

 建壁は巨大で荒々しい石を積んでいます。間取りは外国人用になっていて、中廊下式。暖炉のある部屋、畳敷きの部屋などがあります。外側に浴室や便所などが張り出しており、付属の物置も同様の石造り。ヨーロッパにあるような本格的な石造建築で、正面に円柱列を建てるなど、洋式燈台の黎明期をよく残した貴重な建物です。国の登録有形文化財の石造り平屋建て。

四国村 旧鍋島燈台退息所
1873(明治6)年
登録有形文化財
設計 : R・H・ブラントン
施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-21 13:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧江埼燈台退息所

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 農家の古民家が多い四国村で、異彩を放つ洋館が別棟を含め4棟並んで建っています。いずれも燈台退息所です。

明治の初めに明石海峡を望む、淡路島北端の北淡町にあり、神戸の開港にそなえた灯台の一つ江埼燈台の吏員退息所だった建物です。江埼燈台は明治4年(1871)に点燈した、わが国8番目の洋式燈台で、この建物は外国人灯台守の宿舎でした。ベランダをもたない初期の灯台吏員退息所として貴重といわれています。構造は寄棟造りで、木造トラスで桟瓦葺の屋根を支えています。

 設計のリチャード・ヘンリー・ブラントン(Richard Henry Brunton, 1841 - 1901)。スコットランド人で、イギリスの工兵技監にして建築家。明治時代に来日したお雇い外国人の一人です。数多くの灯台設置を手がけ、技師として勤務していた7年6ヶ月の間に灯台26、灯竿5、灯船2などを設計し、「日本の灯台の父」として知られています。国の登録有形文化財の石造平屋建て。

四国村 旧江埼燈台退息所
1871(明治4)年
登録有形文化財
設計 : R・H・ブラントン
施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-20 13:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧大久野島灯台

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 大久野島灯台(おおくのしまとうだい)は広島県竹原市の沖合いにある、大久野島の南端に1893(明治26)年に建てられた灯台です。点灯は翌年の明治27年5月。約100年間照らし続けたのち、1992(平成4)年に建替えとなり、それに伴って四国村に移築されました。

 比較的小さな灯台で、基礎は3.8mの円形、高さ5.1m、直径3.1m。塔部は初期の灯台に多く見られる花崗岩の切石の積み重ねで、その上に乗る鋳鉄製の塔器は高さ2.4m。地上から頂部までは8.53mになります。

四国村 旧大久野島灯台
1893(明治26)年
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-19 13:20 | 建築 | Trackback | Comments(4)

四国村 南予の茶堂

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 高松市のホームページから。

 この茶堂は愛媛県北宇和郡川上上組地区が所有していた。嘉永6年(1853)の落書があり、古い四つ足と呼ばれる茶堂である。寄棟造りのカヤ葺である。間口2間(約3.64メートル)、奥行1間半(約2.73メートル)で、向って右半部は土間、左半部は床張りになっている。

 この奥に祭壇を設けて、地蔵菩薩を祀っている。昔から四国遍路が霊場を廻っているとき、俄(にわか)雨や雪の時は、ここが休けいの場所となった。祭壇以外は壁もつけず吹放ちとなる。この四本の柱から四つ足堂といわれ、この付近の寄り合いと信仰の場であった。また道ゆく遍路さんに村人が接待する場にもなった。


四国村 南予の茶堂
1853(嘉永6)年
高松市指定文化財
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
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by gipsypapa | 2013-02-18 13:27 | 建築 | Trackback | Comments(0)

四国村ギャラリー

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 いわゆる古民家を見てきましたが、こちらは超現代的な建物。もちろん新しい建築物です。

 四国村一番の高台に建つ「四国村ギャラリー」は、四国村創設者の加藤達雄が収集した美術品を展示する美術館として、安藤忠雄の設計により2002年に開館しました。c0112559_1335044.jpg

 比較的小ぶりな美術館で、かつ展示品もそれほど多くはありませんが、ピカソ、ボナール、ルノアール、ドガらフランス近現代絵画や、インドや中国の彫刻・仏像・青銅器・書など幅広い美術品が展示されていました。

 見どころは、美術館のバルコニーから見下ろす「水景庭園」。こちらも安藤忠雄の設計の設計と思われます。残念ながら訪ねたときは2月末。村の入場者とはほとんど出会わず、貸し切り状態で、ゆったり見ることができましたが、一方、緑が多ければもっと景色を楽しめたと思います。

 鉄筋コンクリート造り、建物は内外ともコンクリート打放しの地下2階、地上1階建て。

四国村ギャラリー
2002(平成14)年
設計 : 安藤忠雄
施工 : 藤木工務店四国支社
撮影 : 2012.2.25
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 ちなみに四国村の入村料は800円、ギャラリー入場料が500円ですが、村の入口でセット券を買えば1000円でギャラリーでの美術鑑賞と水景庭園の散策ができます。
by gipsypapa | 2013-02-15 13:35 | 建築 | Trackback | Comments(4)