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京都の風街設計社(S邸)

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 煉瓦塀と飾り煉瓦を配した門柱があります。クリーム色の外壁に木枠の窓が時代を伝えているお洒落な洋館。現在は住居兼設計会社の事務所になっているようです。これも熊倉工務店の設計。木造2階建て。

風街設計社(S邸)
1931(昭和6)年
設計・施工 : 熊倉工務店
京都市北区小山下初音町5
撮影 : 2011.10.16
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by gipsypapa | 2012-07-31 10:46 | 建築 | Trackback | Comments(1)

京都のF邸

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 Google のストリートビューでこの周辺を散策していた時に見つけた住宅。煉瓦の門とクリーム色の外壁。アーチ窓や両開きの窓、また開口部の凝った模様などが目を引きます。詳細は不明ですが、戦後の築かもしれません。木造2階建て。

京都のF邸
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
京都市北区小山下板倉町
撮影 : 2011.10.16
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by gipsypapa | 2012-07-30 12:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都のY邸

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 スペイン瓦の屋根と煙突に妻面の3連アーチ窓が印象的でお洒落なスパニッシュな洋館。京都で数多くの洋館建築を手がけた熊倉工務店の設計です。塀が高く、全貌が見えないのが残念。木造2階建て。

京都のY邸
1928(昭和3)年ころ
設計・施工 : 熊倉工務店
京都市北区小山下板倉町
撮影 : 2011.10.16
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by gipsypapa | 2012-07-27 10:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都のH邸

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 同じく昭和初期の洋館。こちらは複雑な屋根の構成になっており、丸窓や2階部分にあるガラス張りのサンルームが目を引く優れたデザインです。塀と門にも設計者のこだわりを感じます。木造2階建て。

H邸
昭和初期
設計・施工 : 不明
京都市北区小山下板倉町
撮影 : 2011.10.16
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 最後の写真はGoogleのストリートビューから。
 ストリートビューではH邸の隣に↓のようなレトロな洋館が写っていますが、私が行った時はなくなっていました。
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by gipsypapa | 2012-07-25 13:10 | 建築 | Trackback | Comments(4)

京都のT邸

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 京都の北区小山下に昭和初期の洋館が並ぶ一角があります。1戸ごとの敷地はこじんまりしていますが、高級住宅地といえます。この住宅はモルタル仕上げの外壁に、シンプルながらアーチ窓が並ぶレトロで瀟洒な洋館。木造2階建て。

T邸
昭和初期以前
設計・施工 : 不明
京都市北区小山下板倉町
撮影 : 2011.10.16
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by gipsypapa | 2012-07-24 13:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

富岡小児科医院

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 今日から少し京都をやります。時系列的には北海道の次は明治村でしたが、また長くなりそうなので、しばらく普通の洋館を紹介することにします。

 スパニッシュ風の和様折衷の医院兼住宅建築。京都のあめりか屋が設計した建物で、普通の住宅に見えながら、赤い瓦葺きに屋根の付いた煙突が印象的です。木造2階建て。

富岡小児科医院
昭和初期以前
設計・施工 : あめりか屋
京都市北区小山花ノ木町17
撮影 : 2011.10.16
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by gipsypapa | 2012-07-23 13:49 | 建築 | Trackback | Comments(2)

北海道開拓の村 旧平造材部飯場

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 この建物は、大正後期に下川村奥名寄の御料林内に建てられた造材飯場を再現した。造材飯場は、伐木・造材に携わった山子や集・運材作業に従事した藪出し、馬追いなどが山中で寝泊まりした小屋である。この飯場には山子と藪出しが生活し、馬追い飯場は別棟になっていた。

北海道開拓の村 旧平造材部飯場
大正後期(再現)
設計・施工 : 不明
旧住所 : -
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 山村群
撮影 : 2011.8.28
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 長かった北海道編はこれでおしまいです。今年は同じ時期に道東へ行く予定です。
by gipsypapa | 2012-07-22 16:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

北海道開拓の村 森林鉄道機関庫

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 北海道庁は、大正8年度から拓殖計画に国有林の直営伐採事業を加え、木材搬出のための森林鉄道の敷設に着手した。その後、道内各地で建設が進められ、昭和初期には従来の流送にかわって鉄道運材が主流となり、機関車や貨車のほか、機関庫、貯木場も整備された。

北海道開拓の村 森林鉄道機関庫
昭和初期(再現)
設計・施工 : 不明
旧住所 : -
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 山村群
撮影 : 2011.8.28
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by gipsypapa | 2012-07-20 13:12 | 建築 | Trackback | Comments(4)

北海道開拓の村 開拓小屋 & 炭焼小屋

 再現物件を二つまとめて紹介します。

開拓小屋
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 開拓小屋は開墾小屋とも称し、移住者が最初に建てた住居である。丸太を埋め立てて柱とし、桁・梁・垂木をわたし、笹・茅などで屋根や壁を葺き、出入り口・窓にはむしろを下げた。屋内は一部が土間で、他は笹・枯草を重ねたむしろを敷いて居間とし、炉を設けた。明治期のものを再現した。

北海道開拓の村 開拓小屋
明治期(再現)
設計・施工 : 不明
旧住所 : -
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 山村群
撮影 : 2011.8.28
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炭焼小屋
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 北海道は、国内有数の木炭生産地で、主に黒炭が生産された。炭窯の種類は多様であるが、明治・大正期の北海道では、角窯が多く使われていた。一般に専業の炭焼きは大型の窯を、副業では小型の窯を使用していた。この炭窯は大正末期の副業製炭業者の角窯を再現した。

北海道開拓の村 炭焼小屋
大正末期(再現)
設計・施工 : 不明
旧住所 : 札幌市中央区
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 山村群
撮影 : 2011.8.28
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by gipsypapa | 2012-07-19 13:07 | 建築 | Trackback | Comments(4)

北海道開拓の村 旧菊田家農家住宅

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 明治19年(1886)、新潟県長岡の有力者であった大橋一蔵や関矢孫左衛門などは北越植民者を組織し、野幌原野開拓を計画した。この建物は、その一員の新潟県魚沼郡出身者が、移住直後の明治26年(1893)頃に建築し、後に同じく南浦原郡出身の初代菊田常吉が買い受けて移築したものである。

北海道開拓の村 旧菊田家農家住宅
1893(明治26)年ころ
設計・施工 : 不明
旧住所 : 江別市
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 農村群
撮影 : 2011.8.28
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by gipsypapa | 2012-07-18 13:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)