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旦過(たんか)市場

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 大分からの帰りに乗り継ぎのため小倉で下車。数年前に行ってみて面白かった旦過市場(たんがいちば)をもう一度訪ねました。

 北九州市小倉北区魚町にある市場で北九州の台所とも呼ばれ、福岡市の柳橋連合市場と並んで福岡二大市場といわれています。

 大正時代のはじめ、隣接する神嶽川から魚の荷揚げ場として店舗ができ、その後、田川・中津方面からの野菜の集積地となり、市場として発展しました。大半は昭和30年代に建てられた木造建築物が密集し、特に中央の通路を挟み神嶽川は建物が川の上にせり出して建っています。

 中央の通路には今も店舗が並んでいますが、蜘蛛の巣のような張り巡らされた分岐路地には営業している店舗は少なく、衰退し始めているようです。火災と神嶽川の水害の危険性から再開発計画がある一方で、貴重な昭和レトロの風情を残そうという声も根強く、現在は検討が続いているとか。

旦過市場
北九州市小倉北区魚町4-2-18
撮影 : 2008.5.3 & 2011.3.21
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  最後↓は一角にあった「小倉かまぼこ店」。かなり古そうですが情報は見つかりませんでした。
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by gipsypapa | 2012-02-29 13:56 | | Trackback | Comments(2)

京都大学大学院理学部附属地球熱学研究施設本館

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 大分編の最終回です。

 不思議なことに大分県にも大正13年に建てられた京都大学の施設があります。地球熱学研究施設なので別府の温泉と関係があり、火山、地熱、温泉に関する研究及び教育を行っています。当時の別府町長が、温泉都市としての充実を図るため、研究機関の誘致を積極的に大学や県に働きかけたため、ここに作られたとか。

 建物の平面構造はL字型ですが、正面から見ると玄関と塔屋を中心にした左右対称のデザイン。赤煉瓦造りの外壁に大小の柱型を交互に配し、その間に上げ下げ窓が並んでいます。下部は石造りで、ギリシャ建築のイオニア式の柱頭のある柱の装飾などクラシックな様式を幾何学的な意匠で表現して重厚な印象です。

 設計は、京都帝国大学の営繕課長で山本治兵衛の下で大学施設の建築を手がけた永瀬狂三(ながせ きょうぞう1877 – 1955)。このブログでも数多くの京都大学の建物を紹介しています。京大の前には辰野・片岡設計事務所にいたことから、赤と白で構成された外観は、辰野のスタイルの影響を受けているともいえます。国の登録有形文化財の煉瓦造り地上2階、半地下1階建て、塔屋付。

京都大学大学院理学部附属地球熱学研究施設本館
旧京都帝国大学地球物理学教室附属地球物理学研究所本館
1924(大正13)年
登録有形文化財
設計 : 永瀬狂三(京都帝国大学営繕課)
施工 : 不明
別府市野口原3088-176
撮影 : 2011.3.21
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 2枚目の写真の背景に写っているのは1995年に竣工した複合施設ビーコンプラザにあるグローバルタワー。設計は大分県出身の建築家、磯崎新によるもので、施設全体が社団法人建築業協会よりBCS(Building Contractors Society )賞を受賞しています。
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 3泊4日の小旅行を終えて、日豊本線で小倉へ。小倉から新幹線で大阪へ帰りました。
by gipsypapa | 2012-02-28 15:11 | 建築 | Trackback | Comments(2)

冨士屋Gallery一也百(はなやもも)

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c0112559_1320283.jpg 別府鉄輪温泉に別府で唯一の明治時代の旅館建築があります。明治31年に新築された当時は新聞社の県内旅館の人気投票で大分県一になった程の高級旅館でした。

 しかし1996(平成8)年に旅館を廃業したため、一時は取り壊しの話があったそうですが、この貴重な遺産を残したいとの思いが強く、改修工事を行って、現在は冨士屋Gallery一也百(はなやもも)として営業しています。

 純和風の建物で、寄せ棟造りと入母屋造りが融合した複雑な建物構成になっています。外見は純和風建築ですが、ホームページには右のような洋風の内部写真がありました。国の登録有形文化財の木造2階建て。c0112559_13202182.jpg

冨士屋Gallery一也百(はなやもも)
旧冨士屋旅館
1898(明治31)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
別府市鉄輪上1
撮影 : 2011.3.21




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by gipsypapa | 2012-02-24 13:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

別府の野口病院管理棟

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 野口病院は1922(大正11)年に初代院長、野口雄三郎博士によって開設された病院で、この建物は現在も野口病院の管理棟として使われています。

 印象的な赤い四角錐のとんがり屋根を中心に左右対称のファサードを持つ瀟洒な病院建築。中央には車寄せのある玄関があり、建物両脇の半切妻洋瓦葺葺きの妻屋根の背面に棟が伸びています。

 グレーのセメントモルタルを左官仕上げしたスペイン壁(*)の上部に、白漆喰のハーフティンバー風の外壁を表 に向けています。窓は白い木製窓枠の上げ下げ窓。1986(昭和61)年に全面的な整備が行われ、内部については大幅に改装されたが、外観は当時のままに保存されているそうです。国の登録有形文化財の木造2階(一部3階)建て。

 (*)文化遺産オンラインの解説による。モルタル吹き付けでドイツ壁とかスタッコ仕上げといわれる手法と似ているようです。

野口病院管理棟
1922(大正11)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
別府市野口中町6-33
撮影 : 2011.3.21
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by gipsypapa | 2012-02-23 13:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

聴潮閣近くの洋館

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 聴潮閣に行く途中に見つけた洋館。煉瓦塀に赤いスペイン瓦葺きに玉石貼り煙突があります。1階部分には白い木枠の窓が美しいベイウィンドウのサンルームがあり、お洒落な住宅です。詳細はわかりませんが昭和初期以前の築でしょうか。九州なので違うとは思いますが、あめりか屋とか京都の熊倉工務店の作品を思い出させます。木造2階建て。

聴潮閣近くの洋館
築年 : 昭和初期?
設計・施工 : 不明
別府市青山町10-60
撮影 : 2011.3.21
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by gipsypapa | 2012-02-22 14:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

聴潮閣高橋記念館

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 別府政財界の中心人物だった高橋欽哉の住居兼迎賓館に使用された近代和風建築。浜脇町に建てられ、1989(昭和64)年にここに移設されました。現在は聴潮閣高橋記念館として一般開放(土日、祝祭日のみ、有料300円)されています。

 主屋は入母屋造り平屋建ての玄関棟と,入母屋造2階建ての座敷棟より成っています。使用した木材に贅を尽くした格調高い造りが特徴。各所に高級な調度品がさりげなく使われています。

 玄関棟の左手には正面前方に突き出したモルタル仕上げの洋館部分は応接間。この時代に流行のスタイルです。瓦葺きの陸屋根に,内部は2室の続き間があり,奥の部屋に大理石の暖炉が置かれ,ベイウィンドーやステンドグラスの窓など、アールデコの香りのする洋風インテリアが豪華。和様折衷の昭和初期の貴重な建築物の一つと言えます。国の登録有形文化財の木造2階建て。

聴潮閣高橋記念館
旧高橋家住宅
1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計 : 荒金啓治
施工 : 草野介治(大工棟梁)

別府市青山町9-45
撮影 : 2011.3.21
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 以上は和館の主屋です。↓は洋館の応接室。
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by gipsypapa | 2012-02-21 13:34 | 建築 | Trackback | Comments(0)

別府市中央公民館

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 先に紹介した別府市児童館(旧別府郵便電話局電話分室)と同じく吉田鉄郎が設計し、同時期に建てられた旧別府市公会堂。こちらは事務所建築ではなく公会堂ということから、装飾が多い意匠です。現在は別府市中央公民館になっています。c0112559_1345599.jpg

 外観は褐色のスクラッチタイル貼りで、正面2階にはバルコニーのある5連のアーチ窓が並んでいます。中央部には小さな尖塔を載せ、玄関の大きな庇や側面2階の通用口の半八角形の庇、不規則に配された丸窓など変化に富んだ繊細なデザインです。

 内部もリズミカルなアーチ構造が取り入れられ、ホールは音響を配慮した空間になっています。正面はよく当時の姿を留めていますが、背面は窓枠にさびが目立つなど、放置されているのが残念です。なお、スエーデン・ストックホルムの市庁舎をモデルにしたと伝えられ、別府市の技師池田三比古が製図と工事監督に携わったとか。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

別府市中央公民館
旧別府市公会堂
1928(昭和3)年
設計 : 吉田鉄郎
施工 : 溝口組
別府市上田の湯町6-37
撮影 : 2011.3.20
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by gipsypapa | 2012-02-20 13:50 | 建築 | Trackback | Comments(8)

神の愛の宣教者会

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 日豊本線の南側の小高い丘に建つ美しい建物。孤児収容施設として、小百合愛児園と名付けられ,戦後はアメリカ軍が駐留し、180名近くの乳幼児を養育していたそうです。現在はマザー・テレサが設立した神の愛の宣教者会(Missionaries of Charity)の女子修道院として、ホームレスへの炊き出し、未婚女性や高齢者の支援をおこなうなどの社会福祉活動をおこなっていまるそうです。

 横長の白い外壁にアーチ窓が並ぶ清楚で美しい建物で、正面の玄関上部にマリアの像を安置し、さらにその上に鐘塔があります。左に見える聖堂をもつ主屋棟は木造2階建寄棟造で、昭和23年に建設されたものとか。

 大変気になった建物で、近くで撮影したかったのですが、別府市内散策の最後になり、さすがに足が疲れて、丘を上るだけの気力も体力もありませんでした。ということで遠景をどこから撮っても同じに見えるので写真は2枚だけです。鉄筋コンクリート造り2階建て。

 ほりいさん、という方から設計者の情報を頂きました。(2014.3.28)

神の愛の宣教者会
旧小百合愛児園
1933(昭和8)年/1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明岩本留吉
別府市浦田3307
撮影 : 2011.3.20
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by gipsypapa | 2012-02-19 17:58 | 建築 | Trackback | Comments(14)

別府の「みねや旅館」

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 永石温泉から南に下がったところで見つけた古い建物。調べると旅館になっていて確かに街灯に「みねや旅館」とありました。向かって左側は古美術品の店舗も兼ねており、建物の前や屋根の上に数多くの面白そうな商品が並んでいて楽しい風景です。木造2階建て。

みねや旅館
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
別府市南町5-17
撮影 : 2011.3.2
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by gipsypapa | 2012-02-17 13:07 | 建築 | Trackback | Comments(1)

別府の永石温泉

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 永石(なげし)温泉は四つ角に建つ市営の共同浴場。入母屋造りの民家風の建物に赤い鉄板葺の屋根が目を引く外観です。

 温泉自体は「弘法大師が西国巡錫の際に、日照り続きのこの地を訪れ、一杯の水を所望したところ、老婆が水を恵んでくれた。その老婆に感謝し、空に投石をすると、落ちた場所より湯水が湧き出したことから、投石(なげいし)の湯とよばれ、後に永石の湯となった」とネット情報にあるほど古いものですが、この建物が建てられた時期などの詳細情報はありません。ただ昭和7年に初浴式の写真があるそうなので、昭和初期の築と思われます。木造平屋建て。

永石温泉
1932(昭和7)年ころ
設計・施工 : 不明
別府市南町2-2
撮影 : 2011.3.20
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by gipsypapa | 2012-02-16 13:08 | 建築 | Trackback | Comments(5)