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産業技術記念館 自動車館

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 こちらは動力の広場を介して東側にある自動車館。数々の歴史を刻んだトヨタ車とともに、自分でスイッチをいれて動きを見ることができるトランスファープレスや自動溶接機などの自動車製造機械も展示してあます。繊維機械館とともに大人も十分楽しめる施設で、好きな人は一日たっぷり過ごすことができます。

産業技術記念館 自動車館
旧豊田紡織本社工場
1911(明治44)年/1914(大正3)年/1933(昭和8)年
名古屋市都市景観重要建築物
設計 : 不明
施工 : 北川組
名古屋市西区則武新町4-1-35
撮影 : 2010.2.27
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by gipsypapa | 2011-07-31 10:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

産業技術記念館 繊維機械館

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 トヨタグループ13社の共同事業として1994年6月に開館したトヨタテクノミュージアム 産業技術記念館。豊田佐吉が明治44年に自動織機の研究開発のために創設した試験工場の場所と建物を利用して建設しました。当時の煉瓦造りの工場を産業遺産として保存しながら、 近代日本の発展を支えた基幹産業の一つ繊維機械と、現代も発展し続けている自動車技術の変遷を系統的に紹介するための施設です。

 織機の発明に一生を捧げた豊田佐吉の豊田紡織時代の数々の産業機械類を展示する繊維機械館と、その長男豊田喜一郎が創業したトヨタ自動車工業の歴史を伝える自動車館からなっています。

 建物は巨大な煉瓦造りの工場で明治44年に創設されて以降、大正3年に大規模な増設がなされたようです。したがって建物としては分離できませんが、展示物の違いから2回に分けて紹介します。なお、開館にあたって大幅な改修が行われています。改修工事の設計は竹中工務店。施工は竹中工務店、大林組、清水建設、伊藤工務店の企業共同体が請け負いました。名古屋市都市景観重要建築物の鉄骨造、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造、木造、平屋建て、一部2階建て。

産業技術記念館 繊維機械館
旧豊田紡織本社工場
1911(明治44)年/1914(大正3)年/1933(昭和8)年
名古屋市都市景観重要建築物
設計 : 不明
施工 : 北川組
名古屋市西区則武新町4-1-35
撮影 : 2010.2.27

では、まず繊維機械館から。
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by gipsypapa | 2011-07-29 13:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

豊田グループ館

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 旧豊田商会事務所の傍にある豊田グループ館。旧豊田紡織の本社事務所を建設当時の状態に修復して、豊田佐吉と喜一郎のゆかりの品や資料などを展示しています。

 石貼り風の外壁に装飾の少ないシンプルな外観。玄関庇とその上部のアーチ型の石張り、木製の上げ下げ窓や最上部の細かな飾りが大正を感じさせます。内部は玄関から入るとカウンターがあり、部屋は板貼りになっていて、いかにも事務所らしい雰囲気。建物だけでなく、展示物も見どころです。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

豊田グループ館
旧豊田紡織本社事務棟
1925(大正14)年
設計・施工 : 不明
名古屋市西区則武新町4-1-35
撮影 : 2010.2.27
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by gipsypapa | 2011-07-28 15:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧豊田商会本社事務所

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 ノリタケの森からさらにJRの線路沿いに北西に進むと、トヨタグループの産業技術記念館があり、その敷地の入口にある建物です。

 トヨタの前身、豊田商会は豊田佐吉が設立した自動織機を研究するための会社で、明治38年に当時の名古屋市島崎町(現在の中村区名駅)に工場を新設。そのときに、この本社事務所も建てられたもので、近年、現在地に移築修復されました。佐吉はこの建物を居住と兼用して自動織機の開発に心血を注いだとか。つまり世界のトヨタはこの建物から始まったわけです。

 明治の色合いを感じさせる和風建築ですが、内部には洋風の意匠が使われていて、いわゆる擬洋風建築といえます。木造2階建て。

旧豊田商会本社事務所
1905(明治38)年
設計・施工 : 不明
名古屋市西区則武新町4-1-35
撮影 : 2010.2.27
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by gipsypapa | 2011-07-27 14:26 | 建築 | Trackback | Comments(4)

ノリタケカンパニーリミテド事務館本館

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 ノリタケの森の東南の一角に、戦前に建てられた事務館本館が現存しています。昭和初期らしい鉄筋コンクリートに淡いベージュのタイル貼り。いわゆるモダニズム建築に分類される装飾の少ないシンプルな意匠に加え、コーナーに丸みを持たせたのが特徴。部分的には玄関扉の装飾などにアールデコ風の幾何学模様が見受けられます。

 設計は名古屋を中心に活躍した鈴木禎次(すずきていじ1870 -1941)の晩年の作品。このブログでも日本第一麦酒半田醸造工場(半田赤レンガ建物)鶴舞公園奏楽堂鶴舞公園噴水塔旧中埜家住宅(T’s CAFÉ)岡崎銀行本店(岡崎信用金庫資料館)諸戸氏庭園洋室松坂屋大阪店(高島屋東別館)中埜銀行本店(ミツカングループ本社研究所)名古屋銀行本店(UFJ銀行貨幣資料館)揚輝荘伴華楼と、多くの作品を紹介しています。鉄筋コンクリート造り、3階建て(一部4階)、地下1階。

ノリタケカンパニーリミテド事務館本館
旧日本陶器事務所
1938(昭和13)年
設計 : 鈴木禎次(鈴木建築事務所)
施工 : 大倉土木
名古屋市西区則武新町3-1-36
撮影 : 2010.2.27
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 ノリタケの森から見た裏側。
by gipsypapa | 2011-07-26 13:44 | 建築 | Trackback | Comments(3)

ノリタケの森 煙突モニュメント

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 公園の一角にある高さ約8mの6本煙突のモニュメント。1933年(昭和8年)の工場大改造時に構築された陶磁器焼成用トンネル窯の跡です。根元には窯から排出される煙を煙突に送るための煙道も見ることができます。構築当時45mあった煙突は、1979年に工場が移転した際に、モニュメントの部分を残して撤去されました。

ノリタケの森 煙突モニュメント
旧ノリタケカンパニーリミテド陶磁器焼成用トンネル窯
1933(昭和8)年
設計・施工 : 不明
名古屋市西区則武新町3-1-36
撮影 : 2010.2.27
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by gipsypapa | 2011-07-25 13:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

ノリタケの森 森村・大倉記念館 CANVAS

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 赤煉瓦の旧製土工場に並んで建つもう1棟の煉瓦造りの建物。c0112559_1073346.jpgCANVASは、森村グループ4社(株式会社ノリタケカンパニーリミテド、TOTO株式会社、日本ガイシ株式会社、日本特殊陶業株式会社)の共同出資で設立されたセラミックス製品の展示館です。森村・大倉記念館という名称は森村グループの前身だった森村組の創設者、森村市左衛門・豊(とよ)兄弟と、森村組を企業集団へ発展させた大倉孫兵衛・和親(かずちか)父子の名前に由来しているそうです。

 建物の情報が少なく、築年など正確でないかもしれません。あるネット情報に同じ建物の写真がありました(→)が、外壁がモルタル仕上げになっているように見えます。ノリタケの森の開場時にモルタルが剝がされたのかも知れません。煉瓦造り2階建て。

森村・大倉記念館 CANVAS
旧ノリタケカンパニーリミテド(日本陶器合名会社)工場施設
1907(明治40)年以降
設計・施工 : 不明
名古屋市西区則武新町3-1-36
撮影 : 2010.2.27
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by gipsypapa | 2011-07-24 10:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

ノリタケの森赤レンガ棟

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 ノリタケの森は名古屋市西区、JR名古屋駅の北にあるノリタケカンパニーリミテドの本社に隣接する工場跡地に作られた公園で、園内にレストラン、ミュージアムなどがある複合施設です。南側はコマーシャルゾーン、中央にゲートウェイ、北側には自然系ゾーンが配置されています。2001(平成13)年に開場の際に赤レンガの工場の建物群を改装・補強されて観光スポットになっています。

 このレンガ棟は明治後期に建てられた、陶器用の原土を精製するための製土工場で、昭和50年まで使われました。煉瓦の積み方はイギリス積の系統といわれるオランダ積(角の部分の積み方だけイギリス積みと異なるらしいのですが、正直よく区別できません)。経済産業省が近代化産業遺産に認定した煉瓦造り1/2/3階建て。

ノリタケの森赤レンガ棟
旧ノリタケカンパニーリミテド(日本陶器合名会社)製土工場
1904(明治37)年
近代化産業遺産
設計 : 不明
施工 : 北川組
名古屋市西区則武新町3-1-36
撮影 : 2010.2.27
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by gipsypapa | 2011-07-22 13:06 | 建築 | Trackback | Comments(4)

六華苑

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 Gitano Familyのライブをここ六華苑(ろっかえん)でやるのは3回目。過去に一度紹介していますが、その時は外観しか見てなかったので、今度こそ・・と早めに訪れて内部を見てきました。

 六華苑は桑名市にある旧諸戸清六邸(東諸戸邸)の総称です。二代目諸戸清六(もろと・せいろく 1888-1969)の新居として建てられた住宅建築。洋館とそれに連なる和館、複数の蔵などの建造物と池泉回遊式日本庭園があり、建物と庭園はそれぞれ国の重要文化財と名勝に指定されています。

 洋館はヴィクトリア朝住宅の様式を基調とした住宅。すぐに目に入る4階建の塔屋と庭園に面して多角形に張り出した1階のベランダや2階のサンルームが特徴です。設計は1877(明治10)年に来日し、鹿鳴館など政府関連の建物の設計を手がけるとともに、工部大学校(現・東京大学工学部建築学科)の教授として辰野金吾ら、創生期の日本人建築家を育成して日本建築界の基礎を築いたイギリス人建築家ジョサイア・コンドル。国の重要文化財の木造2階建て、塔屋付。

 一方、和館は洋館に先立って建てられました。諸戸家お抱え大工だった伊藤末次郎が棟梁を務めた純和風建築。当時は洋館と和館を併設するときは、別棟にするのが一般的でしたが、ここでは和館と洋館が直に接続されていて、普段の生活は和館が中心だったとか。洋館は迎賓館のような使い方がされたのでしょう。周囲に板廊下が配され、数多くの畳敷きの居室が並んでいます。国の重要文化財の木造平屋、1部2階建て。

六華苑
旧諸戸清六邸洋館
1913(大正2)年
重要文化財
設計 : J.コンドル+桜井小太郎
施工 : 伊藤末次郎

旧諸戸清六邸和館
1912(大正元)年
施工 : 伊藤末次郎
桑名市太一丸663
撮影 : 2010.11.23
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 和館では結婚式に遭遇しました。
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 六華苑の一角にあるウエディング レストランRoccaでのGitano Familyのライブショー。
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by gipsypapa | 2011-07-21 13:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

諸戸氏庭園

諸戸氏庭園
旧諸戸清六邸(西諸戸邸)
桑名市太一丸18
撮影 : 2010.11.23
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 諸戸氏庭園は、明治期に山林王と呼ばれた諸戸家の邸宅庭園で、江戸時代の庭園をもとにしながら豪商初代諸戸清六氏(1846~1906)が御殿と庭園を拡張整備し、店と住居として使用されていた遺構。庭園が国の名勝に、本邸、御殿など6棟が重要文化財に、3棟が県指定文化財、1棟が市指定文化財に指定されています。

 なお敷地の一角には六華園というJ.コンドル設計の洋館があり(次に紹介します)屋敷の位置から、こちらの初代清六邸を西諸戸、二代清六邸の六華園を東諸戸といいます。





旧諸戸清六邸本邸
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 現在受付になっている本邸。黒漆喰塗り土蔵造り2階建での重厚な外観の建物で、店と住居に使われました。後に建て増しされた仏間、茶室、洋間が付属しています。こちらも国の重要文化財の土蔵造り2階建て。

旧諸戸清六邸本邸
1889(明治22)年
重要文化財
設計・施工 : 不明

旧諸戸精太郎邸洋室
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 本邸東側には大正初期に増築された洋室があります。松坂屋本店や鶴舞公園噴水塔などを手掛けた鈴木禎次教授の設計で、実施設計は教え子で名古屋高等工業学校(現名工大)の第1回卒業生の星野則保といわれています。

本邸から張り出した形で増築され、木造ながらテラスはイオニア風の柱で支えられ、側面には縦長アーチの窓が並ぶ欧風の意匠です。あまり補修された形跡がなく、傷みが激しいようで、内部は非公開なのが残念です。国の重要文化財の木造平屋建て。

なお、敷地内には 御殿に併設した洋館と当時の社交場だった玉突場という、国の重要文化財に指定された2棟の洋風建築があるのですが、私が訪ねた時はエリアへ入ることができなかったのが残念です。解体されていないことを望みます。

旧諸戸精太郎邸洋室
1916(大正5)年
重要文化財
設計 : 鈴木禎次+星野則保
施工 : 不明
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 国の名勝になっている庭園には他にも古い建造物が残っています。

煉瓦蔵
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 元々ここには本邸と同じ時期に建てられた木造の米蔵が5棟ありましたが、明治28年に放火により消失。その後すぐ煉瓦により再建されました。船で運ばれた各地の小作米が蔵の前の堀から搬入されました。戦災で西側2棟が失われ、現在3棟が残っています。煉瓦の表面に小口面の段と長手面の段とが交互に出るイギリス積み。三重県指定文化財の煉瓦造り2階建て。

煉瓦蔵
1895(明治28)年
三重県指定文化財
設計・施工 : 不明
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山車庫
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 石取祭りの山車を収納する車庫。建築年代は不明ですが、山車の太鼓には明治30年の銘があるそうです。諸戸家は自費で石取祭車を建造し、太一丸の町内に貸し与えていました。土蔵造り、平屋建て。

山車庫
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
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御殿と池庭
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 御殿といわれる純和風の建物。床が高く、柱が少ないので広間から庭の眺望がすばらしい。大隈重信や山県有朋など著名な政治家もここで宿泊しています。国の重要文化財の木造平屋建て。

前庭は国の名勝池庭。 宮内省技師の小平義近の設計で琵琶湖をイメージし、芝生の築山と大きな庭石、サルスベリ、紅葉などで植栽された和洋折衷の明治を象徴する庭園です。

御殿
1890(明治23)年
重要文化財
設計・施工 : 鬼頭与吉(棟梁)+伊藤末次郎(副棟梁)
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伴松軒
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 伴松軒は4畳半に1間床を加えた茶室です。尾張藩の茶頭をつとめた松尾流の10世松尾宗吾の好みとされています。江戸中期の山田氏時代からの橋杭灯籠が移設されています。

伴松軒
築年 : 昭和初期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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菖蒲池
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 菖蒲池は江戸中期に桑名藩御用達商人として全国的にも知られた豪商、山田彦左衛門のころに整備されたもの。鎌倉時代に創建された当時からの遺構が一部残っていると考えられているそうです。

推敲亭
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 推敲亭は覚々斎原叟の作と伝わる草庵です。三重県指定文化財の木造平屋建て。

推敲亭
築年 : 江戸中期
三重県指定文化財
設計・施工 : 覚々斎原叟
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大門
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 御殿の建築と同時期に造られた薬医門形式(門の中心がやや前方に片寄り、中心の柱が太く、内側の柱が細い4脚門)の表門。入ったところには広大な馬車廻しがあります。

大門
1894(明治27)年ころ
重要文化財
設計・施工 : 不明

煉瓦塀
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 こちらは通用門とうだつの煉瓦塀。
by gipsypapa | 2011-07-20 17:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)