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カトリック夙川教会聖テレジア大聖堂

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 今日から撮りだめしていた昔の写真で神戸市を中心とした兵庫県をアップします。

 最初は西宮市にあるカトリック夙川教会。作家の遠藤周作が洗礼を受けたことで知られています。昭和初期のネオ・ゴシック(ゴシック・リバイバル)様式の教会です。尖塔の鐘楼と聖堂のステンドグラスが印象的でフランスのサント・シャペルがモデルだそうです。阪神大震災で大きな被害を被ったのち、修復されました。

 設計の梅本省三は教会の信者で、フランス人神父の指導によるものとか。鉄筋コンクリート造り、平屋建て、鐘楼付き。

カトリック夙川教会聖テレジア大聖堂
1932(昭和7)年
設計 : 梅本省三
施工 : 不明
西宮市霞町5-40
撮影 : 2006.5.6
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 中に入ろうと扉を開けるとオーケストラの練習中。さすがにそれ以上立ち入る勇気はなく、扉の所からだけ撮影しました。かなり手ぶれしています。
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 5年前、建物の写真を撮り始めた直後のもので、我ながらアングルや構図が稚拙です。
by gipsypapa | 2011-02-28 13:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大連の町並と近代建築

 大連シリーズの最後です。朝早くホテルから中山広場への行き帰りに見つけた近代建築を紹介します。
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 往きは大通りを通って広場に向かいました。古いような新しいような雑居ビルのような建物。煙突が見えますので、昔は住宅だったかもしれません。
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 教会と思われる建物。
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 帰りは一筋裏道を通りました。青空市場が開かれていて、そのとおりに古いビルがありました。
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 もう少し進んだところにはレンガ建ての建物と、今にも崩れそうな、積んだだけの煉瓦塀。
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 空港へ向かう車の中から見つけた建物。石貼りの欧風建築ですが、これは新しいかもしれません。
by gipsypapa | 2011-02-25 13:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大連人民文化クラブ(中山広場8号)

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 中山広場の最後です。様式主義の意匠なので、古く見えますが、10棟ある近代建築で最も新しい建物。戦後の築で、ソ連が旅順・大連に駐屯していたころに建てられたコンサートホール兼劇場です。過去2回の改修工事が行われ、現在も大連人民文化クラブという文化施設として使われています。

 調べると、設計はソ連チームで、リーダーはベラルーシ人のナジェフだそうです。(詳細不明)玄関はイオニア式の大オーダーでペディメントを支えたギリシャの劇場を模した構えになっています。外観からは4階建てに見えますが、劇場なので窓際は客席、中央部分は吹き抜けになっていると思われます。鉄筋コンクリート造り(?)、平屋建て。

大連人民文化クラブ(中山広場8号)
1950(昭和25)年
設計 : ナジェフ
施工 : 不明
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-24 13:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

中信銀行中山支行(中山広場7号)

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 中山広場には10棟の近代建築があり、そのうち日本人建築家が設計した7棟を紹介してきました。残る3棟のうち、旧英国駐大連領事館(中山広場3号)は現存せず、あと2棟が日本人以外の設計によるものです。

 そのうちの一つ、旧中国銀行大連支店。清国大清銀行の大連支店として建てられ、1912年の中華民国成立のときに中国銀行になり、戦後は大連市教育局庁舎として使用されました。現在は中信銀行中山支行(旧・中信実業銀行)が使用しています。

 中央にマンサード屋根、左右にドームを載せた塔屋風両翼部があるルネサンス様式の建物。全体が石張りで長方形の窓が並んでいます。設計者は不明で中国人技師といわれています。石煉瓦造り(?)2階建て(一部3階建て)。

中信銀行中山支行(中山広場7号)
旧中国銀行大連支店
1910(明治43)年
設計 : 不明(中国人)
施工 : 不明
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-23 15:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大連市郵政局(中山広場10号)

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 旧大連市役所の向かい側に、大正中期に同じ松室重光(まつむろしげみつ、1873-1937)が設計した建物があります。関東州での郵政事業を担当した逓信省関東逓信局の庁舎でした。戦後はソヴィエト連邦軍大連警備司令部が接収していましたが、現在は本来の郵便事業を行う大連市郵政局が使用しています。

 明るいベージュ色の石貼り。コーナーに丸みを持たせ、半地下部分に半円アーチの窓がある洋風建築です。石煉瓦造り(?)、2階建て、半地下付き。

大連市郵政局(中山広場10号)
旧関東逓信局
1918(大正7)年
設計 : 松室重光(関東都督府民政部土木課)
施工 : 不明
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-22 11:33 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中国銀行遼寧省分行(中山広場9号)

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 旧ヤマトホテルに向き合うように建つ、中山広場の洋風建築の中でも最も華麗な建物の一つ。明治末期に建てられた、日本唯一の外国為替管理銀行で、関東州、中国で銀行券を発行していた、横浜正金銀行の大連支店でした。戦後は極東銀行(ソヴィエト連邦)が使用し、現在は中国銀行遼寧省分行になっています。

 煉瓦色のタイル貼りで、左右対称で中央と両側が円筒形の塔屋になっています。それぞれに3つの大きなドームとその上にクポラ(小ドーム)を持ち、周りに彫刻を配すなど、複雑さや多様性を強調することを特徴とするバロック様式を意識した設計です。

 基本設計は妻木頼黄が日本で行い、弟子にあたる満鉄技師で、旧大連ヤマトホテルを設計した太田毅が、妻木の図面を元に実質設計を行ったそうです。妻木頼黄といえば、横浜にある横浜正金銀行(現、神奈川県立博物館)も彼の設計。そういえばドームの形など、似ています。煉瓦造り(?)、2階建て。

中国銀行遼寧省分行(中山広場9号)
旧横浜正金銀行大連支店
1909(明治42)年
設計 : 妻木頼黄+太田毅
施工 : 不明
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-21 11:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

交通銀行大連市分行(中山広場6号)

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 中山広場の日本時代の洋風建築群では最後に建てられたビル。日本の植民地事業を行うための国策会社、東洋拓殖株式会社の大連支店だった建物です。戦後は中国共産党大連市委員会庁舎、その後は市政府の分庁舎として使用されたそうです。現在は再び銀行に戻り、交通銀行の支店が入っています。

 一連の欧風建築とは違い、アメリカ風の商業建築デザイン。建物の外観を上下に3分割し下層に大きなアーチ窓を並べています。この時代に建てられた日本の商業建築に共通した外観となっています。

 設計は東京帝国大学工学部建築学科を卒業。中村與資平の弟子だった宗像主一。石・煉瓦造り(?)、5階建て。

交通銀行大連市分行(中山広場6号)
旧東洋拓殖株式会社大連支店
1936(昭和11)年
設計 : 宗像主一(宗像主一建築事務所)
施工 : 不明
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-18 13:22 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中国工商銀行大連市分行(中山広場5号)

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 大連賓館の隣にある、いわゆる帝冠様式の大型の建物。大連の市制導入に伴い建築された市役所で、戦後は大連市人民政府庁舎、市政府各部局の分庁舎として使われました。現在は中国工商銀行大連市分行になっています。

 全体は石貼りの洋風ですが、中央の塔は京都の祇園祭りの山車をモチーフにし、玄関には唐破風を配するなど日本建築の意匠が取り入れられています。

 設計は京都出身で京都を中心に多くの建築物の設計を手がけた建築家、松室重光(まつむろしげみつ、1873-1937)。当時は関東都督府土木課の課長で、大連民政署を設計した前田松韻の後任です。主な作品には京都市武徳殿、京都ハリストス正教会聖堂京都府庁舎旧本館武田薬品本社武田長兵衛邸が現存。石造り(?)3階建て、半地下、塔屋付。

中国工商銀行大連市分行(中山広場5号)
旧大連市役所
1919(大正8)年
設計 : 松室重光(関東都督府民政部土木課)
施工 : 清水組
撮影 : 2007.1.19
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 玄関の唐破風。
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by gipsypapa | 2011-02-17 13:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大連賓館(中山広場4号)

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 南満州鉄道が経営した高級ホテルチェーンだったヤマトホテルのうち、最も格式が高いといわれた大連ヤマトホテル。現在もホテル大連賓館として営業している大連を代表するクラシックホテルです。これまでリットン調査団やラストエンペラーの溥儀などが宿泊したことが記録されていて、近年では中曽根康弘氏、竹下登氏、村山富市氏など日本の要人も利用したそうです。

c0112559_14475167.jpg ルネサンス様式の大型ホテルで、正面の壁面には花崗岩のイオニア式オーダーを8本並べ、窓も花崗岩で構成した大型のアーチ窓。唐草模様の唐破風状キャノピーなど随所に装飾を配した華麗な建物です。ホテルなので普段ならロビーくらいは見てくるのですが、このときは帰国日の早朝で、時間がありませんでした。右はWhenever大連ローカル(STAY)というホテルのPRページから借用しました。

 設計は妻木頼黄(つまきよりなか)の教え子で、当時は満州鉄道技師の太田毅という説が有力です。鉄骨煉瓦造4階建て。

大連賓館(中山広場4号)
旧大連ヤマトホテル
1914(大正3)年
設計 : 太田毅+吉田宗太郎(推定)(満鉄工務課)
施工 : 不明
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-16 14:51 | 建築 | Trackback | Comments(6)

遼寧省対外貿易経済合作庁(中山広場2号)

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 日本統治下の大連で最初に建てられた官庁建築。ゴシック風煉瓦造の時計塔を持つ建物です。1908(明治41)年に関東都督府民政部の下で大連を管轄した大連民政署の庁舎として建てられ、1922(大正11)年から大連警察署の庁舎となり、戦後は大広場警察局と中国海軍後勤部が使用しました。現在は遼寧省対外貿易経済合作庁と民間企業が使用しています。c0112559_1383794.jpg

 時計塔を持つスタイルはヨーロッパのハンブルク(ドイツ)市役所やゲント(ベルギー)のギルドホールを参考にしたといわれ、横浜市開港記念会館を思いださせる外観です。

 設計は関東都督府土木課の前田松韻(まえだまつおと、1880-1944)。詳しいデータは少ないのですが、中国東北地方に渡った最初の日本人建築家で、日露戦争下の1904年に軍倉庫の建設に携わり、1905年2月に大連軍政署の嘱託技師となり、大連の日本橋(現・勝利橋)も設計しました。後に東京高等工業学校の教授になった人ですが、大連の都市建設に大きな影響を残したといわれます。煉瓦造2階建、塔屋付。

遼寧省対外貿易経済合作庁(中山広場2号)
旧大連民政署(大連警察署)
1908(明治41)年
設計 : 前田松韻(関東都督府民政部土木課)
施工 : 荒川工務局 (監督:小山鹿太郎)
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-15 13:10 | 建築 | Trackback | Comments(6)