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堺筋倶楽部・アンブロシア

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 堺筋にあるバロック風の近代建築。元銀行だった建物が今はイタリアン・フレンチレストランとして使われています。

 石貼りの外観に、中央のエントランス廻りは濃密な装飾が施されたヨーロッパを思わせる建物です。銀行らしく、1階の軒高が高く吹き抜けの営業室だったところで、イタリアンレストラン。2、3階は金庫室や電話交換室を改修したフレンチレストランの個室、4階はウェッディングパーティーなどに利用される空間となっているようです。

 設計は川崎貯蓄銀行建築課ですが、これに明治末期から昭和初期にかけて横浜で活躍した建築家で、川崎銀行をはじめとした銀行建築を多く手がけたことで知られる矢部又吉が参画したと推測されています。同じ大阪には旧川崎貯蓄銀行福島出張所(1934年現 ミナミ株式会社大阪事務所、国登録有形文化財)があります。鉄筋コンクリート造り、4階建 地下1階。

堺筋倶楽部・アンブロシア
旧川崎貯蓄銀行大阪支店1931(昭和6)年
設計 : 川崎貯蓄銀行建築課+矢部又吉
施工 : 竹中工務店
大阪市中央区南船場1-15-12
撮影 : 2009.6.9
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 フランスとイタリアの国旗がイタリアン・フレンチレストランを表しているわけです。
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by gipsypapa | 2009-10-30 10:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

クツワ株式会社

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 明治43年に創業の文房具卸問屋だった西村福松商店の旧本社ビル。現在は会社名がクツワ株式会社に変わりました。前面は総タイル貼り、4階中央部に3連アーチ窓を配した建物です。

 クツワ株式会社のホームページによると、昭和13年に建てられたときは4階建、地下1階で、昭和20年3月に空襲で全焼し、翌21年3月にはこのビルで営業を再開したとあります。終戦は20年8月。まだ何もない時代に全焼して1年後にこれだけのビルが建つというのはやや不自然です。焼けたビルを改修・再利用したのではないかと思いました。その辺の経緯は不明ですが、もしかしたら戦後すぐの築かもしれません。鉄筋コンクリート造り5階建、地下1階。

クツワ株式会社
旧西村福松商店本社ビル 1938(昭和13)年?
設計・施工 : 不明
大阪市中央区南久宝寺町1-3-9
撮影 : 2009.6.9
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 商店街のアーケードの向こうに見えます。5階部分は後に増設されたと思われます。
by gipsypapa | 2009-10-29 14:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

末吉橋

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 横堀川に架かる鉄筋コンクリートアーチ橋。この場所には江戸時代からあった橋ですが、昭和初期に架け替えられ、戦後拡幅されました。

末吉橋1927(昭和2)年
設計 : 大阪市?
施工 : 不明
大阪市中央区松屋町~南船場1
撮影 : 2009.6.9
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 例にもれず、この橋の上にも高速道路(阪神高速1号環状線)が走っています。
by gipsypapa | 2009-10-27 10:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)

細野ビルヂング

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 新町にはもうひとつ昭和初期のビルがあります。地下鉄千日前線と長堀鶴見緑地線の交差する西長堀駅のそばに建つモダニズムスタイルの建物。

 建設会社・細野組の建築部が設計した自社ビルで旧本社社屋でした。戦後は本社機能が引っ越ししたためテナントビルとして使われました。今は現代アートの展示会などにスペースを提供しながら使われ続けています。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

細野ビルヂング 1936(昭和11)年
設計 : 細野組建築部
施工 : 細野組
大阪市西区新町4-5-7
撮影 : 2009.6.9
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by gipsypapa | 2009-10-26 10:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪屋本店

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 大阪の一番の花街だった新町。今は当時の面影はなく、近代的なビルが並んでいますが、なにわ筋に面した新町南公園北側に大正期の新町演舞場の一部が残っています。芸妓達の歌舞練場だったそうです。演舞場のホールは取り壊されてすでになく、現在残るのは正面玄関まわりの一部分です。

 セセッション・スタイルの建物で、赤い煉瓦風のタイルが貼られていますが、当初の外壁は全体的に白だったそうです。この建物の裏側も見ることができるとはつゆ知らず、見逃してしまいましたが、「ひろの東本西走!?」にその写真がありました。タイルは貼ってありませんが、細部の装飾は正面側とよく似ています。こちらが当時のままの姿のようです。現在は出版物の物流管理を行う大阪屋の本店として使用されています。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

大阪屋本店
旧新町演舞場 1922(大正11)年
設計 : 吉木久吉(片岡建築事務所)
施工 : 竹中工務店
大阪市西区新町2-5-5
撮影 : 2009.6.9
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 いつもは「360°の法則」で、できるだけ建物を見るときは一回りするのが原則です。しかし、この正面と背後のビルを見て、まさか裏にも見どころがあるとは思いませんでした。まだまだ未熟でした。
by gipsypapa | 2009-10-23 10:43 | 建築 | Trackback(1) | Comments(4)

北堀江病院

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 コーナーに曲線を持つモダニズムの病院建築ですが、石貼りの玄関周りのレリーフや軒飾りなどの装飾に見どころが多い、昭和初期の建物。元は東條病院という産婦人科の病院でしたが、現在は内科医院です。

 設計は東京帝国大学建築学科を卒業し、関西を中心として活躍した木子七郎(きごしちろう)。このブログでも、久松邸萬翠荘(1922、愛媛県立美術館分館)、愛媛県庁本館(1929)、夕陽ヶ丘高校清香会館(1934)、関西日仏学館(1936)を紹介しています。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

北堀江病院
旧東條病院 1929(昭和4)年
設計 : 木子七郎
施工 : 不明
大阪市西区北堀江1-10-6
撮影 : 2009.6.9
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by gipsypapa | 2009-10-22 11:04 | 建築 | Trackback | Comments(4)

間口ジェネラルサービス大阪港工場(旧住友倉庫)

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 地下鉄中央線の大阪港駅の南側にある煉瓦倉庫。このエリアでは「築港赤レンガ倉庫」と呼ばれる大正12年築の旧住友倉庫が有名ですが、こちらはさらに古く大正4年築の「もうひとつの赤煉瓦倉庫」といわれている旧住友倉庫です。

 会社の帰り道に途中下車すればいつでも行けるのですが、会社が終わって行くには暗すぎるということもあり、なかなか行く機会がありません。この日は商船三井築港ビルStem Galleryに行って、佐藤啓子さんの「赤レンガ近代建築―歴史を彩ったレンガに出会う旅」という本を買うために途中下車。夕暮れ前にここに立ち寄りました。もう一つの「築港赤レンガ倉庫」は日が暮れてきたために行けず、またの機会にと思っているのですが、まだ行けていません。

 4棟の切妻の煉瓦倉庫がそれぞれ接続されて並び、今も現役で工場として使用されています。道路に沿う形で建てられ、それぞれ長さが違うという珍しい建物。最も長い北側の1棟を除けば、妻面も道路に合わせて、斜めに切られたような形状です。煉瓦造り、平屋建て。

間口ジェネラルサービス大阪港工場(旧住友倉庫)
旧住友倉庫 1915(大正4)年
設計・施工 : 不明
大阪市港区海岸通2-4-15
撮影 : 2009.5.11
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 Google Earth で見ると、特殊な形状がわかると思います。一番短い棟と長い棟ではずいぶん違いますね。
by gipsypapa | 2009-10-21 14:50 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

教育塔

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 大阪城公園の中に建っている教育塔。 1934(昭和9)年の室戸台風による亡くなった子ども、教職員を追悼と慰霊を目的として建設された記念塔です。高さ30㍍の鉄筋コンクリート造りの外面に花崗岩の石貼り。塔の先端に青銅の水煙が付いています。

教育塔 1936(昭和11)年
設計 : 島川精(大阪市)
施工 : 清水組
大阪市中央区大阪城3
撮 影 2009.3.28
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 快晴です。うまい具合に飛行機雲がでていました。
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 教育勅語を読み上げる校長と聞く子どもたちと、台風から子どもを守る教師を描いたレリーフ。
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by gipsypapa | 2009-10-20 10:48 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大手前配水場 高地区配水ポンプ場

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 大阪府庁本館の向い側、大阪城の堀端にある建物。昭和初期に建てられ、今も現役の大阪市役所水道局大手前配水場の高地区配水ポンプ場です。全面タイル張りで、レンガ積みのように、幅の違うタイルを交互に使い、アール・デコ調のデザインを感じさせる、王冠のような飾りがあります。

 設計は、関西を中心に多くの建築物の設計を手がけた宗兵蔵。現存する主な作品は旧帝国奈良博物館(1894年、奈良国立博物館)、旧柴島浄水場第一排水ポンプ場(1914年、水道記念館)、難波橋(1915年)、旧制灘中学校校舎(1929年、灘中学校・高等学校本館)、莫大小会館(1929年、メリヤス会館)、生駒時計店(1930年、生駒ビルジグ)などがあり、いずれも濃密な装飾を施したのが特徴です。この建物はさすがに公共設備のためか、やや控えめですが、細かなところに、彼らしさを出しています。鉄筋コンクリート造り、平屋建て、地下1階。

大手前配水場 高地区配水喞筒場 1931(昭和6)年
設計 : 宗兵蔵(宗建築事務所)
施工 : 不明
大阪市中央区大阪城3-24  
撮 影 2009.3.28
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 銘板と市章。これはテラコッタ製のようです。「喞」は水をそそぐ音という意味があり、その音の出る筒ということから、漢字でポンプのことを喞筒(ソクトウ)というとか。
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 タイルとガラスブロックの窓。
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 手前の壁の王冠のような装飾。これもテラコッタか?向こう側の建物の傍に不思議な建造物。オブジェのように見えますが、さすがに水道施設なので、何かの役目があるはずですが、思い当たりません。
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by gipsypapa | 2009-10-19 11:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪府庁舎本館

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 大阪の中心、大阪城の西の堀端にある大正末期の庁舎建築。橋下知事が推進している庁舎のWTCへの移転問題で有名になりました。南海地震などの大規模地震で倒壊する危険性があることが判明して、耐震補強工事が必要とされ、その費用が77億円かかると報告されたのが発端でした。

 府庁本館は、本来の目的に使用されている都道府県庁舎の中では最も古い建物。近代大阪を代表する公的建築物の一つで、この時期に建てられた府県庁舎の中でも壮大で、鉄筋コンクリート構造を積極的に導入したモダニズムの先駆けといえます。外壁に石材と白い擬石タイルを用い、シンプルな中にも古さを感じさせません。歴史的価値が極めて高いということから保存の動きがあり、一旦、府議会で移転案は否決されました。しかし、現在も橋下知事の移転への意欲は衰えていないようで、巻き返しを狙っているようです。

 設計はコンペ方式が取られ、多くの応募の中から、平林金吾、岡本馨の共同設計が採用されました。平林金吾は名古屋市役所本庁舎で有名ですが、ここでもコンペ設計が採用されました。日中は会社に勤めているため、設計競技に応募するための建築家だったそうです。

 映画やドラマのロケに使われたことでも知られていて、リドリー・スコット監督の映画「ブラックレイン」をはじめ、H-code~愛しき賞金稼ぎ~、華麗なる一族、HERO(劇場版)に登場したそうです。鉄筋コンクリート造り6階建て、地下1階。

大阪府庁舎本館 1926( 大正15)年
設計 : 平林金吾・岡本馨+大阪府
施工 : 大林組・清水組
大阪市中央区大手前2-1-22 
撮 影 2009.3.28
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 近代的なビルと思ってしまいますが、これが大正時代の建物。それでも玄関周りは濃密な装飾が施されています。大阪府庁のほかに、近畿管区警察局と外務省大阪分室の表札があり、いくつかの団体が入っているようでした。
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 御覧のように、大阪城堀端の絶好のロケーションにあります。この日は土曜日。当然閉まっていましたが、大理石の階段と吹き抜けの玄関ホールは見る価値がありそう。平日は食堂も一般開放されているらしいので、いつか再訪したいものです。
by gipsypapa | 2009-10-16 13:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)