<   2008年 06月 ( 22 )   > この月の画像一覧

同志社大学 ハリス理化学館

c0112559_1522227.jpg
 アメリカの実業家 J.N.ハリスの援助により、ハリス理化学校(工学部の前身)の校舎として建築された煉瓦建築。これまでに紹介したD.C.グリーンの設計はアメリカン・ゴシック様式ですがハリス館はイギリス・ゴシック様式。従って煉瓦積みもイギリス積です。現在は、入試センター、広報課、アドミッションズ オフィス、校友課などが使用しています。施工は京大工の小島佐兵衛。煉瓦造り2階建の国指定重要文化財。

 設計はフランス生まれの建築家で英国王立建築士会正会員だったアレクサンダー・ネルソン・ハンセル。当時日本で建築指導を行った英国王立建築士会正会員だったのはジョサイア・コンドルとハンセルの二人だけだったとか。ハンセルは旧大阪川口居留地の新学校の英語教師として来日しましたが、主として関西を基地に建築家として活躍。

 このハリス理化学館をはじめ、平安女学院明治館 - 明治28年(1895年)、や神戸に門兆鴻邸 - 明治28年(1895年)、旧A.P.ディスレッセン邸 シュウエケ邸 - 明治29年(1896年)、旧ハンセル自邸、 旧ハッサム住宅 - 明治35年(1902年)、旧グッゲンハイム邸 - 明治45年(1912年)、現竹内油業塩屋寮 などの多くの著名建築の設計を行っています。

同志社大学 ハリス理化学館 1890(明治23)年
重要文化財
設計 : A.N.ハンセル
施工 : 小島佐兵衛 ほか
京都市上京区今出川通烏丸東入ル玄武町601
撮影 2006.5.14 & 6.24

c0112559_1534386.jpg
c0112559_1542743.jpg
c0112559_154545.jpg
 ほぼシンメトリーなイギリス・ゴシック様式の建物。
c0112559_1572770.jpg
 少しわかりにくいかもしれませんが、長辺と短辺を上下交互に積んだイギリス積みのレンガ造り。建物の2階に新島襄の資料展示室があって、自由に入ることができます。
c0112559_15105363.jpg
c0112559_1511785.jpg
 先ほどの玄関を中から振り向いたところ。アールの緩やかなファンライトです。
c0112559_15122129.jpg
 階段を上って・・・
c0112559_15125772.jpg
c0112559_1513101.jpg
 2階の廊下から。
c0112559_15135676.jpg
 廊下に新島襄氏がいました。
c0112559_1515683.jpg
 数々の展示品の中で気に入ったカバン。今でも使えそうです。
c0112559_15162119.jpg

by gipsypapa | 2008-06-30 15:23 | 建築 | Trackback | Comments(10)

同志社大学 有終館

c0112559_9392010.jpg
 同志社で最初の図書館として建てられた煉瓦建築。当時は書籍館と呼ばれ、学校図書館としては日本最大規模だったそうです。彰栄館、礼拝堂に続き、この有終館という現在の今出川キャンパスの原型である3棟を設計したD.C.グリーン師。施工は礼拝堂と同じく宮大工の三上吉兵衛で、ここでも和洋の合作です。

 1922(大正11)年に図書館としての役目が終り、当時の海老名総長が有終館(The end という意味でしょうか)と命名。なお、建物は1928(昭和3)年に出火し、焼け残った煉瓦の躯体を武田吾一の設計で内部に鉄筋コンクリートの補強(外壁の内部に15cmの鉄筋コンクリートの壁を作る方法で保存した)を加えて修理保存しています。いわゆる外壁保存の古い例です。現在は庶務課の事務所として使用されています。重要文化財の煉瓦造り2階建。

同志社大学 有終館  
旧書籍館 1887(明治20)年
重要文化財
設計 : D.C.グリーン
改修設計 : 武田吾一
施工 : 三上吉兵衛
京都市上京区今出川通烏丸東入ル玄武町601
撮影 2006.5.14
c0112559_9404580.jpg
c0112559_9454438.jpg
古くなったレンガの色がいい感じ。積み方は普通の長手積みです。
c0112559_9492830.jpg
c0112559_9494563.jpg
c0112559_9495890.jpg
真上から見ると十字架の形をしているらしいのですが、側面は見えにくいです。
by gipsypapa | 2008-06-29 09:51 | 建築 | Trackback | Comments(0)

同志社大学 礼拝堂

c0112559_15225741.jpg
 彰栄館についでアメリカン・ボードの寄付によって建てられた礼拝堂。設計は同じくD.C.グリーンで、日本に現存する最古の赤煉瓦造のプロテスタント教会だそうです。アメリカン・ゴシック調のシンプルな建物で、施工は有終館も請け負った京大工の三上吉兵衛。

現在も礼拝堂として使用されており、週末には同志社関係者に限り結婚式を挙げることもできます。重要文化財の煉瓦造り平屋建て、一部中二階と地下室付。


同志社大学礼拝堂 1886(明治19)年
重要文化財
設計 : D.C.グリーン
施工 : 三上吉兵衛
京都市上京区今出川通烏丸東入ル玄武町601
撮影 2006.5.14 & 6.24
c0112559_15235824.jpg
c0112559_15241676.jpg
 礼拝堂はアメリカン・ゴシック調でシンメトリー。急傾斜の鉄板葺きの屋根です。内部は露出した小屋組らしく三上吉兵衛が活躍したのでしょう。
c0112559_15254567.jpg
 入口はD.C.グリーンの建物に多用されている緩やかな尖塔アーチです。
c0112559_1527396.jpg
c0112559_15275734.jpg
c0112559_152882.jpg
 外から見ただけですが、この種のステンドグラスは中から見ると素晴らしいはず。
c0112559_15291676.jpg
c0112559_15292727.jpg
 煉瓦製の煙突に風向計がありました。
c0112559_1531714.jpg
c0112559_15312428.jpg
 結婚式でした。新郎新婦がスタンバイ中。
c0112559_15323061.jpg
 結婚式の列席者は若者がいっぱい。この後、どこかでパーティなのでしょうか。
by gipsypapa | 2008-06-27 15:35 | 建築 | Trackback | Comments(4)

同志社大学 彰栄館 (同志社中学校)

c0112559_14361933.jpg
 烏丸通の西門を入るとすぐ左にある建物。煉瓦建築のメッカといえる同志社の今出川キャンパスのなかでも最も古いのがこの彰栄館です。京都市内に現存する煉瓦建築の中でも最古のものだそうで、アメリカン・ボード(アメリカ外国伝道委員会)の寄付を受けて建てられました。

 設計はダニエル C.グリーン師で1869(明治2)年に来日、1881(明治14)年から同志社英学校で神学や旧約聖書学などを講義していた宣教師でしたが、建築にも造詣が深く、同志社の彰栄館、礼拝堂、有終館という現在の今出川キャンパスの原型である3棟を設計しました。

 内部は真壁式、和小屋組みになっているそうで、施工者の日本人大工、尾滝菊太郎氏の力が発揮されたようです。アメリカン・ゴシック調の瓦葺きの煉瓦造り2階建で中央正面の時計塔と鐘塔を兼ねた塔屋に特徴がある重要文化財。現在は同志社中学校が使用しています。

同志社大学 彰栄館 1984(明治17)年
重要文化財
設計 : D.C.グリーン
施工 : 尾滝菊太郎
京都市上京区今出川通烏丸東入ル玄武町601
撮影 2006.5.14 & 6.24
c0112559_14372877.jpg
c0112559_14374628.jpg
c0112559_1438348.jpg
 煉瓦造りに鐘楼と煙突。典型的な明治時代の建築ですが、屋根は日本瓦葺き。
c0112559_14414236.jpg
 東側に建物が伸びていますが、このへんは新しいように見えます。
c0112559_14424617.jpg
c0112559_1443280.jpg
 鐘楼のある本館は中学校なので立ち入りできません。こちらの延長部はトイレを借りるのに入ることができました。
c0112559_14444436.jpg
 キャンパスを出て西側の今出川通りからも建物の一部が見えます。
c0112559_14465956.jpg

by gipsypapa | 2008-06-26 14:47 | 建築 | Trackback | Comments(0)

同志社女子大学 栄光館

c0112559_949387.jpg
c0112559_9504699.jpg 


 同じく武田五一の傑作で、同志社女子大今出川キャンパスの象徴的な建物で3部作の最後。八角形の塔屋を設けるなど,和風意匠を織り交ぜています。シンプルなジェームズ館と違って武田らしい装飾的な意匠です。

 米国人ファウラー家の寄付を基に建てられた建物。1923(大正12)年の関東大震災以降は煉瓦造りから鉄筋コンクリート造りが主流となり、この建物も昭和初期の鉄筋コンクリート造りですが、同志社大学から女子大に連なる建物群との調和を配慮して煉瓦タイルを貼って外観の調和を図っています。栄光館は何度か改修工事を行っていますが、1951(昭和26)年の改修をヴォーリズ事務所が請け負っています。鉄筋コンクリート造り2階建て、塔屋付の国登録有形文化財。

同志社女子大学 栄光館 1932(昭和7)年
登録有形文化財
設計 : 武田五一
施工 : 大倉土木
京都市上京区今出川通寺町西入ル玄武町636
撮影 : 2006.6.24




c0112559_9545031.jpg
 八角形の塔屋に和風(というか中国のホテルのような)の意匠を取り入れているのが面白い。当初は大きな時計とその機械室があったが撤去され、現在はステンドグラスがはめ込まれた瞑想室となっているそうです。
c0112559_9515494.jpg
 
c0112559_953118.jpg
 正面には3連アーチ窓を設けたり、ベランダ周りもジェームズ館に比べてより装飾的になっています。
c0112559_105308.jpg
c0112559_1054513.jpg
 一階の扉もレトロです。ガラス枠が塔屋と同じ八角形。c0112559_1074769.jpgc0112559_108191.jpg















c0112559_1083132.jpg
c0112559_10183814.jpg
 階段と1階の廊下。
c0112559_1010617.jpg
 約1600人収容できる講堂(ファウラーチャペル)ですが、手ぶれしてしまっています。
c0112559_10112426.jpg
 講堂にあるパイプオルガン。
c0112559_10122140.jpg
 
c0112559_10123170.jpg
 2階にも座席が並ぶファウラー講堂。
c0112559_1014135.jpg
 通用口の向こうはジェームズ館です。
c0112559_1015944.jpg

by gipsypapa | 2008-06-25 10:20 | 建築 | Trackback | Comments(11)

同志社女子大学 ジェームズ館

c0112559_15141189.jpg
 2年前、ヴォーリズの作品↓を見に同志社大学に行った時に撮った写真です。ヴォーリズ作品は別のブログにアップしていますのでどうぞ。
アーモスト館 http://gipsymania.exblog.jp/4912096
啓明館 http://gipsymania.exblog.jp/4904385/
新島今遺品庫 http://gipsymania.exblog.jp/4897041/

 同志社大学今出川キャンパスは2回目です。初めて行った時は日曜日だったせいか東側のキャンパスは門が閉じていました。西側の同志社大学の建物だけ見て、そのあと念のため同志社女子大の京都御苑側にある正門に廻って確認しましたが、守衛所でキャンパス内には入れないと言われて断念。少しだけならOKということで栄光館の正面を撮影しただけだったのです。

 ところが、この日(土曜日)は啓明館前の東門もアーモスト館の入り口も開いていたので、東キャンパスに入ることができました。新島遺品庫から同志社女子大へ通じる小道を通って行けるようでしたので、そのまま行って最悪、女子大の正門から出ればいいと思って進んでいくと、栄光館の前になにやら人だかり。近づいて確認すると、偶然この日はオープンキャンパスだったのでした。受付に聞いてみると、予約なしでも特別に入ってもよいとの有難いお言葉。パンフレットや記念品まで頂いてしまいました。

 このジェームズ館は米国ジェームズ家の寄付によって建てられた、武田五一の設計による現存する最古の煉瓦造,瓦葺の校舎建築。外壁は赤レンガ積に花崗岩の白い水平ラインを配した武田にしてはシンプルなデザインです。

 栄光館(1930年着工)を中心に左右に、このジェームズ館(1913年着工)と静和館(1911年着工)(現存せず)が並んで、武田の同志社女子大3部作といわれました。レンガ造り2階建て,一部地下1階の登録有形文化財。

同志社女子大学 ジェームズ館 1914(大正3)年
登録有形文化財
設計 : 武田五一
施工 : 清水組
京都市上京区今出川通寺町西入ル玄武町636
撮影 2006.6.24
c0112559_1520762.jpg
c0112559_15211817.jpg
 外壁のレンガは新しく見えます。近年改修されたのか。
c0112559_15234749.jpg
 東の端の部分。赤レンガに和風の寄せ棟の屋根が乗って。
c0112559_15272626.jpg
 床下の通気口。
c0112559_15283973.jpg
 定礎が1913年。竣工はその翌年です。
c0112559_15302566.jpg
 オープンキャンパスなので、遠慮なく中へ。普段ならおっさんは入れないところです。
c0112559_15324921.jpg
 1階のサロン。いつもは女子大生がおしゃべりをしているのでしょうか。
c0112559_153811100.jpg
c0112559_15393736.jpg
 サロンにあった背もたれの高い椅子。
c0112559_15413039.jpg
 開口部の上部にステンドグラスが。
c0112559_1546379.jpg
 1階廊下から・・
c0112559_15485777.jpg
c0112559_15513186.jpg
 木製の階段を上って2階へ。
c0112559_15561930.jpg
 2階の廊下。廊下部はアーチ状にし、南北外壁間を一体のレンガ壁でつないで剛性を高めているそうです。
c0112559_15591255.jpg
 同志社の女子教育にその生涯を捧げたM・F・デントン女史のレリーフ。
c0112559_1643764.jpg

by gipsypapa | 2008-06-23 16:13 | 建築 | Trackback | Comments(4)

京都府立鴨沂高校(おうきこうこう)

c0112559_18133824.jpg
 京都御苑の東側にある鴨沂高校(おうきこうこう)。前身は1872(明治5)年に日本で最初の女学校として設立された「新英学校女紅場」です。女紅場というのは、明治初年代に全国各地に設立された、女子に裁縫 機織(はたおり) 読み書き等を教える学制外の施設だそうです。その後1923(大正12)年に京都府立京都第一高等女学校と改称。1948(昭和23)年に学制改革により男女共学の京都府立鴨沂高等学校になっています。

 御苑に接するため周囲に配慮したためでしょうか、校門はお寺の門のようだし、洋風ながら正面に破風がある帝冠様式にも見える変わった学校です。鉄筋コンクリート造り3階建て。

その後、再訪した時には校門が開いていましたので、写真を追加します。(2008.7.5)
 このブログへのアクセスが意外に多いので不思議に思っていましたが、ようやくわかりました。NHK大河ドラマ「八重の桜」の八重が勤めた学校だったのか。昨日テレビの最後にあった解説で知りました。(2013.8.19)

京都府立鴨沂高校(おうきこうこう)
旧京都府新英学校女紅場
1933(昭和8)年
設計 : 十河安雄(京都府営繕課)
施工 : 戸田組
京都市上京区寺町通荒神口下ル松蔭町131
撮影 : 2008.1.4 & 2008.7.5
c0112559_18142919.jpg
 御覧のようにまるでお寺のような校門が閉まっているので、中が見えません。せめて隙間でもあれば、もう少し全貌が見れるのですが。仕方がないので、これもお寺のような塀越しに撮るしかないわけで。
c0112559_18164745.jpg
c0112559_1818958.jpg
 こうなってしまいます。中央の切妻破風の屋根の横の3階上部には、スパニッシュ風の3蓮アーチ窓が並ぶ、和洋折衷です。
c0112559_1821121.jpg
c0112559_18212562.jpg
 東側は一部道路に面している部分があります。
c0112559_18221654.jpg
 北側に小さな建物が隣接。食堂だと思われますが、手前の円柱形の構造物は何でしょう?
c0112559_18233694.jpg
 北側は道路をはさんでグラウンドがあり、旧体育館が残っていてネット越しに見えました。吹き抜けの大きな長方形の窓に丸窓を配するなど、体育館としてはあまり例のない優れた設計だと思います。お気に入りです。
c0112559_18255752.jpg
 こちらは高校の北面。

 以下は追加です。2008.7.5 撮影
c0112559_16235920.jpg
c0112559_16241816.jpg
c0112559_16243055.jpg

by gipsypapa | 2008-06-22 18:31 | 建築 | Trackback | Comments(6)

京都まなびの街・生き方探求館(旧京都市立滋野中学校)

c0112559_14442273.jpg
 京都府庁の南側にある旧滋野中学校。もともとは小学校でしたが、戦後中学校になったあと、2002(平成14)年に上京中学と京都御池中学へ分割統合され廃校となりました。現在、建物はそのまま残り、「京都まなびの街・生き方探求館」として、上京中学と御池中学の第二教育施設に使われています。ここも京都市営繕課の設計による鉄筋コンクリート造り3階建て。

京都まなびの街・生き方探求館
旧京都市立滋野中学校
1937(昭和12)年
京都市上京区下立売通西洞院下ル東裏辻町402
設計 : 京都市営繕課
施工 : 鴻池組
撮影 : 2008.1.3
c0112559_14451656.jpg
 中央の階段室。頂部に装飾的な張り出しが見えます。
c0112559_14455899.jpg
c0112559_14461023.jpg
c0112559_14462358.jpg
 北側正面と東西の校舎の接合部の角をアール型にしているのが特徴。
c0112559_14464971.jpg
 元滋野中学校のホームページにあった昔の写真。
http://www.edu.city.kyoto.jp/hp/shigeno-c/index.htm
 外壁が黄色に塗り替えられたようです。
by gipsypapa | 2008-06-20 14:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都中央信用金庫丸太町支店

c0112559_14412815.jpg
京都御苑の南東にある円形アーチ窓が特徴の昭和初めに建てられた銀行建築。

 設計の西村好時は清水組で田辺淳吉の片腕として働いた後、第一銀行建築課長として横浜支店や本店などを手がけたて銀行建築のスペシャリスト。他にも数々の証券会社ビルや帝冠様式の愛知県庁本庁などを設計しています。清水組出身のため、彼の作品の施工はだいたい清水組が請け負っているようです。鉄筋コンクリート造り、レンガ貼り2階建。

京都中央信用金庫丸太町支店
旧・第一銀行丸太町支店
1927(昭和2)年
設計 : 西村好時
施工 : 清水組
京都市中京区新烏丸通丸太町下る東椹木町104
撮影 : 2008.1.3
c0112559_14422349.jpg
c0112559_14424416.jpg
c0112559_14425450.jpg
 一見レンガ造りのように見えますが、昭和なのでRCにレンガ貼り。窓の開口部は縦長の半円アーチですが、半円部の窓に円形の鉄製フレームが入っていて、面白い形状です。
c0112559_14432633.jpg
c0112559_14433699.jpg
 正面が北向きなのです。冬の北向きは完全な逆光でうまく撮れません。
by gipsypapa | 2008-06-19 14:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック西陣聖ヨゼフ教会

c0112559_14413984.jpg
 京都府庁と京都府警を見て地下鉄今出川の駅に向かうため北上していて見つけた教会。カトリックの教会の割にシンプルで私の好みでした。調べると戦後すぐの献堂だそうです。設計・施工などのデータは見つかりませんでした。

カトリック西陣聖ヨゼフ教会
1946(昭和21)年
設計・施工 : 不明
京都市上京区新町通一条下ル一条殿町502-1
撮影 : 2008.1.3
c0112559_14433237.jpg
c0112559_14435259.jpg
c0112559_14443348.jpg
 聖堂の奥に鐘楼。カトリック教会のようには見えません。
c0112559_14454753.jpg
c0112559_1446647.jpg
c0112559_1457353.jpg
 切妻平屋建てのシンプルな聖堂。
c0112559_14471912.jpg
c0112559_14473582.jpg
c0112559_14574028.jpg
 正月明けすぐなので、クリスマスの飾りが残っていました。
c0112559_1457531.jpg
 入口にこのような人形が飾ってあるのは、やはりカトリック教会です。
c0112559_14482843.jpg
c0112559_14483659.jpg
 木枠の縦長アーチ窓と長窓。
c0112559_14494527.jpg
c0112559_14495432.jpg
c0112559_1450230.jpg
 奥に進むと玄関ポーチが可愛い2階建の別棟。ヨゼフ館という看板が架かっていました。
c0112559_14592059.jpg
 もう1棟、青年センターという3階建ての建物。
c0112559_150105.jpg

by gipsypapa | 2008-06-18 15:03 | 建築 | Trackback | Comments(0)