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倉吉の白壁土蔵群

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三朝温泉で一泊した翌日は、再び木屋旅館のご主人の車に乗せてもらって倉吉へ向かいました。倉吉市は江戸時代末期から昭和前期までの伝統的な建物が多く残っているので、一度行ってみたかった場所でした。

まずは有名な白壁土蔵群です。白壁土蔵群は通称で、打吹玉川(うつぶきたまがわ)沿いに位置する伝統的建造物群保存地区の一部。伝統的建造物は本町通りの赤い石州瓦の町家群や玉川沿いの土蔵群をはじめ約100棟が現存しています。保存地区の町家は、ほぼ2階建てで、切妻造り、平入を基本としています。建築年代は、江戸時代末期が数棟、明治時代中後期が約3割、大正期が約2割、昭和前期が約2割だそうです。国の重要伝統的建造物群保存地区。

白壁土蔵群
倉吉市打吹玉川伝統的建造物群保存地区
江戸末期~昭和初期
鳥取県倉吉市魚町、研屋町、東仲町、西仲町、西町の各全域と新町1丁目、新町2丁目、新町3丁目、堺町1丁目の各一部
撮影 : 2015.4.29
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かおり風景100選、美しい日本の歴史的風土100選、平成17年度都市景観大賞「美しいまちなみ大賞」など、数多く受賞しています。
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私が訪ねた翌年、2016(平成28)年10月21日に鳥取県の中部を震源として発生したM(マグニチュード)6.6の地震が発生しました。
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ニュースで白壁土蔵群の壁の崩落などの被害を伝えていました。
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今でも時々ニュースなどで町の様子が伝えられますが、まだ完全復興には至っていないようです。予算や時間的な困難があるとは思いますが、一日も早い復興を望んでいます。
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以下はWikipedia にあった優れた写真。自分のカメラ技術ではこうはいきません。 ↓↓
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by gipsypapa | 2017-02-18 09:13 | | Trackback | Comments(2)

三朝温泉の宿

三朝温泉には数多い旅館やホテルがあります。そのうち散歩のときに通りかかったものをいくつか紹介します。

三朝温泉の旅館
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.4.28/29

万翠楼
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三朝橋のときに登場した老舗旅館「万翠楼」。この中に茶室「無声庵」という武田五一設計で、人間国宝の宮大工・魚津弘吉棟梁の施工による建物が移設されているそうです。

万翠楼
鳥取県東伯郡三朝町山田5
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今は鉄筋コンクリート造りに立て替えられていますが、昔は3階建ての巨大な木造建築でした。意識的に朱色の欄干を回すなど、オリジナルの意匠を引き継いでいると思われます。
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当時の写真が「木屋旅館」の部屋に置いてあったパンフレットにありました。記事では堀口捨己の設計とありますが、彼の作品リストに載っていないので、やや疑問です。以下はHPから借用した内部写真です。(他の宿も同様)
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三朝温泉 後楽
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しばらく三徳川の南で川べりから離れたところにある温泉旅館です。この一帯をあるいていると、目を引く格式が高そうな門がある純和風の「後楽」です。総欅(けやき)造りの長屋門は鳥取の豪農より譲り受けたものを生かして堀口捨己(ほりぐち すてみ 1895 - 1984)が設計したものです。今は立て替えられているかも知れませんが、本館も彼の設計で1955(昭和30)年に建てられました。堀口捨己は分離派建築会を結成し、後に日本の数寄屋造りの中に美を見出し、伝統文化とモダニズム建築の理念との統合を図った建築家です。

後楽
1955(昭和30)年
設計 : 堀口捨己(長屋門)
施工 : 不明
鳥取県東伯郡 三朝町三朝972-1
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木造りの宿 橋津屋
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橋津屋は三朝温泉発祥の温泉本通にあり、敷地内に自家使用の源泉を所有しています。創業は享保年間(約300年前)で、三朝温泉の草分け的存在です。HPでは「もともとは農家で現在の場所に温泉が湧くのでここに家を建てて木賃宿を始めたのが始まりだと言われております。」だそうですが、さすがに今は立て替えられています。

橋津屋
鳥取県東伯郡三朝町三朝886
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梅屋旅館
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現代では珍しい、自炊専門の湯治旅館で、自炊に必要な備品は全て備えてあるそうです。またオンドル部屋があり入浴とは違う温泉利用が可能です。

梅屋旅館
鳥取県東伯郡三朝町三朝933-2
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味な宿 花屋別館
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詳細は不明ですが、どうみても大きなホテルですね。「花でもてなし花の宿」といううたい文句です。

花屋別館
鳥取県東伯郡三朝町三朝818-6
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ぬくもりの宿 中屋
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三朝医療センターの向かいにある旅館「中屋」。

中屋
鳥取県東伯郡三朝町三朝855
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桶屋旅館
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再び三徳川の北側へ。湯治、滞在型の2食付。木造2階て、客室は和室8室、定員18人の小さな宿です。お風呂の一つは源泉で足下湧出です。旅館の創業は1913(大正2)年。旅館創業以前は桶を作っていたのでその屋号をとって桶屋となったそうです。内部写真は「トラベルjp」から借用しました。

桶屋旅館
鳥取県東伯郡三朝町山田150
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三朝館
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こちらも敷地内に源泉を持った、自家源泉かけ流しの天然温泉です。三朝随一の湯量を誇る高級旅館で、千坪に広がる日本庭園に庭の湯」と、源泉の滝を囲む「滝の湯」の二ゾーンに別れ、十二の湯処があるそうです。手前に平屋建ての和風建築がありますが、本館はホテル形式です。

三朝館
鳥取県東伯郡三朝町山田174
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おまけ
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おまけ。桶屋旅館の東、旅館大橋の離れの前の道路を挟んだところに、気になる住宅があります。玄関脇の丸窓や屋根に湯気出しがあることから、昔は旅館だったかも知れません。

X邸
鳥取県東伯郡三朝町山田
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by gipsypapa | 2017-02-17 09:15 | | Trackback | Comments(2)

三朝温泉を歩く

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木屋旅館の前の細道は温泉本通りです。この周辺を散歩しました。

三朝温泉の町並み
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.4.28/29
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向こうに木屋旅館が見えます。手前に1658年創業西藤館(せいとうかん)という看板がありますが、営業していないようです。
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西藤館は閉まっていましたが、こんな看板や・・
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駐車場にはこんな案内板。ははは。
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関係あるかどうかわかりませんが、鳥取といえば自民党の石破茂氏の選挙区なのです。
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藤井酒造の店舗は古そう。
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温泉街なので、スナックや・・
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ヌード・・・
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路地を挟んで変わった3階建てに見える建物があります。
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気になったのでストリートビューで反対側を眺めますが・・・元は旅館?企業の宿泊設備?
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薬師堂と・・
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その前の足湯。
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「カエル人形館」というのがあり、ウィンドウにたくさんのカエルが陳列されています。
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こちらは「かじか蛙保存研究会」ですって。三朝温泉はカエルの町です。
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同じ通りを夜にも散歩しました。
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観光案内所前の広場にイルミネーション。
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この蔵は藤井酒造のものみたいです。
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by gipsypapa | 2017-02-16 08:38 | | Trackback | Comments(2)

かじか橋と恋谷橋

かじか橋
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古い橋ではありませんが、三朝橋の両側に架かっているのを二つ。下流にある「かじか橋」は三朝温泉の三橋の中で、唯一の歩行者専用橋です。橋の中央には雨もしのげる足湯や、休憩所があります。

かじか橋
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.04.28

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橋の中ほどにある足湯。
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橋を渡って南側の小道は旅館などの建物はなく、緑の遊歩道です。ここから「旅館大橋」の全貌を見ることができます。
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恋谷橋
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上流に架かるのは「恋谷橋」。1951年当時のフランス大使が命名した「プァレ・ドゥ・ラムールLa Vallee de l'Amour」、直訳すると「恋の谷」からきているそうです。

恋谷橋
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.04.28
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この橋にも途中に二つ東屋があります。
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橋の中央には、三朝温泉で良く見るマスコットのカジカガエルがいて、「縁結びかじか蛙」と呼ばれています。
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映画「恋谷橋」の舞台になりました。映画.comの解説。”東京のデザイン事務所で働いていた朋子は不景気でリストラされ、鳥取県の温泉街で老舗旅館「大橋」を経営する実家に戻ってくる。そんな折、父・和夫が病気で倒れてしまい、母・祥子は自分が旅館の旦那として役割を果たすかわりに、朋子に若女将として働いてほしいという。デザイナーの夢をあきらめきれない朋子だったが、温泉街に失われた活気を取り戻そうと奮闘する。ダンス&ボーカルグループ「SPEED」の上原多香子が映画初主演。”
本編は見てませんが、Youtube の予告編にチラリと「旅館 大橋」の玄関がでてきます。

by gipsypapa | 2017-02-10 08:29 | | Trackback(1) | Comments(2)

箕面滝道

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去年と今年、相次いで箕面(みのお)に行く機会があり、箕面滝道を散歩しました。去年は少し上っただけで引き返しましたが、今年は奥の箕面滝を目指しました。年間200万人以上の観光客が訪れる箕面公園は紅葉の名所で、秋には特に多くの人で賑わう観光スポットです。

箕面滝(みのおたき、みのおのたき、みのおだき)は、大阪府箕面市の明治の森・箕面国定公園内にある滝。箕面大滝ともいうそうです。日本の滝百選の一つに選定されています。

箕面滝道
箕面市箕面公園
撮影 : 2016.10.11 & 2017.1.16
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箕面滝道は阪急電車箕面駅から2.8kmの比較的緩やかな道のりで、徒歩で40分くらいです。途中何度か寄り道するスポットがあり、実際は1時間半かかりました。
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出発点は阪急電車箕面駅。
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季節はずれですが、滝道には土産物屋が並んでします。紅葉の天ぷらが名物。
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色づいたモミジの葉に衣をつけて揚げた「紅葉の天ぷら」を売っています。試食用に店頭で揚げている店が多いそうです。この日は季節はずれなので、揚げている店は見かけませんでした。
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使うモミジの葉は食用に栽培された特殊な葉を1年以上塩漬けにして灰汁抜きをしたものだとか。若いころ試食したことがありますが、意外に甘かったです。てんぷらというより、お菓子なのです。
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昔ながらの土産物屋。さすがにここも閉まっています。
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箕面川沿いを通ります。この下流は猪名川に合流し、最終的には淀川支流の神埼川に合流して大阪湾へ注ぐわけです。
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前日は全国的な寒波で雪。箕面も少しですが雪化粧でした。
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野村泊月の句碑。「椎の花八重立つ雲の如くにも」調べると「泊月、本名は野村勇、丹波の生まれ。高浜虚子の門下。昭和36年豊中市にて没す。享年80才。刀根山梅林寺に葬る。」とありました。
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昆虫博物館があります。 1953(昭和28)年、昆虫館(木造1階)として開業。 1981(昭和56)年に昆虫館(RC造2階)を建て替えたと。
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横道に抜けるトンネルがあったので、向こう側へ行ってみました。
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暗いトンネルを抜けると、向こうにも川が流れ、滝道より雪が深いようです。この小川はこの少し先で箕面川に合流していました。橋は落合谷橋です。
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何もなさそうなので再び本道へ。
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本道に架かる橋は落合橋といいます。
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この一帯は都市部に最も近い野生のニホンザル群の生息地として有名でした。戦後、「箕面山ニホンザル生息地」が国指定の天然記念物に指定されて保護されたため、頭数が急増し、観光客の食べ物を奪い、市街地に出没して民家を荒らし、農作物被害が出るなどしました。
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そのため1977年に市が方針転換し、自然動物園を閉鎖、自然に帰すことになりました。実際、私が若いころ、サルに弁当をひったくられたことがあり、悪い印象しかありませんでしたが、現在は滝道でほとんど見かけなくなりました。市がどんな手を使って数を減らしたのか、気になるところですが・・・
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唐人戻り岩。説明文では「昔、この付近が山深く険阻なころ、唐の貴人が箕面大滝の評判を聞きこの巨岩まで来たが、あまりの山道の険しさに恐れをなし引き返したとの伝説があり、唐人戻岩という名が付いたといわれています。」
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ふーん、ここまで来たらあと少しだったのに・・・
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到着です。落差33mの箕面滝。箕面大滝ともいわれますが、想像したより小さかったです。

何故かこの前後に撮った写真が多数見つかりません。このカメラ(Sony RX100)は最近、時々SD カードにアクセスしなくなるときがあり、このときもそのせいだったようです。でも、保存できなかったという警告は出るはずなんですが、気づかなかったのか。

ということで、以下はネットにあった写真を借用します。いずれも私の写真とは比べ物にならない、優れものです。
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緑の季節もいいですね。
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とはいえ、やはり秋は色が映えます。
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し、しかし・・、この人口密度は!!恐れ多くて遠慮したいかな。「日本沿岸旅行記」にあった美しい写真です。

次回から滝道沿いのレトロな建物を紹介します。
by gipsypapa | 2017-01-27 09:25 | | Trackback | Comments(2)

飛騨萩原の天領酒造

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 歴史のある酒造所を見学しに飛騨萩原まで足をのばしました。天領酒造株式会社は、1680年(延宝8年)創業 の蔵元です。「天禄拝領」や「天のしずく」など、各種の大吟醸酒に加え、最近は麦・米・蕎麦の3種類の焼酎「天真」も製造・販売しています。

天領酒造
詳細不明
岐阜県下呂市萩原町萩原1289−1
撮影 : 2015.1.31
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 店舗はかなり古そうですが、逐年はわかりませんでした。
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 帳場のような部屋の前をぬけて奥にある工場へ。
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 工場見学と試飲を楽しんだわけですが、興味を引いたのはこの機械。
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 NEW SUPER CARBON FILTER と刻印されています。活性炭で吸着ろ過して不純物の除去と消臭をするんしょう。今の酒造りはこういう新しい技術が使われているわけです。

しばらく酒談義です。

 日本酒がおいしくなったと感じるようになったのは、30年以上前からでしょうね。吟醸酒が出回るようになってからです。出始めは値段が高かったけど、最近は買いやすくなってきました。精米技術に加えてこういう技術革新が行われてきたのですね。

 それ以前は自分が若くてお金がなかったからでもありますが、安酒しか飲めませんでした。清酒といわれるもので、昔の安い酒には醸造用アルコールが多く混ぜられていました。そんな酒は飲みすぎると悪酔いするし、味もすっぱい感じで、まがりなりにも上品といえる代物ではなかったですね。悪酔いやすっぱい味は醸造用アルコールのせいではないでしょうから、酒自体が工場での速成が多く、洗練されていなかったためでしょう。

 今は吟醸、大吟醸から純米酒など多彩で、仕込み方法も山廃仕込み(やまはいじこみ)などバリエーションが豊富で、ずいぶんイメージがよくなりました。大企業以外にも地酒を造る地方の蔵元も活性化しているのは、いいことです。海外進出しているところもあるようで、日本酒が世界にも広がりそうです。

 私は家ではウィスキー派です。日本酒やワインも好きで、常にストックしていて、時々飲むのですが、普段は醸造酒は控えめにして蒸留酒を飲むようにしています。

 ちなみにビールは清涼飲料水です(笑)。夏には晩酌にコップ一杯。飲み会では中ジョッキ一杯まで。最初の一口ののど越しが命。それ以上飲むと、お腹が膨れるので、料理がおいしくなくなるのが困るのです。

 飲み会では焼酎が多いです。一般的に仲間が飲むからです。親しい仲間との飲み会は、酒の味よりも会話が主目的なので、安いのがいいですよね。個人的に焼酎は無味なので、匂いが強い方が好みです。芋焼酎が一般的ですが、意外と知られてないのは米焼酎、特に熊本の球磨焼酎も匂いが強いです。ただこの匂いは癖があるので、一般的じゃないかもしれません。女性は普通は焼酎のお湯割りや水割りを飲みません、チューハイですね。

 この匂いが強い系統が好きな人にお勧めは泡盛です。ご存知のように沖縄の米焼酎(タイ米といわれます)で、安くて焼酎よりアルコール度数が高いのでコストパーフォーマンスが高いのです。泡盛は新酒と3年以上寝かした古酒(クース)と分かれます。アルコール度数は基本的に43度、30度、25度です。焼酎は20度か25度なので、一般的に泡盛の方が度数が高いのです。
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 天領酒造の筋向いにある和菓子処「かつぶん」も町家風で古そうです。
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 歴史を感じさせる町並みでした。

 次回から大阪へ移動します。
by gipsypapa | 2017-01-12 09:17 | | Trackback | Comments(2)

下呂温泉

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 下呂温泉の町並みを紹介します。歴史的には1000年以上前からあった温泉。現在の温泉地の東方にある湯ヶ峰(1,067m)の山頂付近に温泉が湧出したのがはじまりだそうです。泉効があり、当時から湯治客があったと言われています。その後、山頂からの湧出は止まりましたが、現在の飛騨川の河原に湧出しているところを発見されとか。現在の温泉街は大正末期から岩田武七(現・マドラスの創業者)が採掘事業に乗り出し、湯之島館を開業したことをきっかけに、昭和になって開発されました。

 JR下呂駅から飛騨川沿いを中心に旅館やホテルが林立しています。しかし、道路が狭く、自動車の通行量が多いので、別府や城之崎、修善寺温泉のような、下駄履き・浴衣がけで散策するにはあまり向かない所が多そうです。

 1枚目の写真は飛騨川の河原露天風呂。Wikipedia から借用しました。

下呂温泉
岐阜県下呂市
撮影 : 2015.1.31
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 飛騨川の東側。
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 西側です。いずれもビルが並んでいます。
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 下呂大橋を渡って東岸へ向かいます。
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 飛騨川に直交する小さな川幅の阿多野川沿いにも旅館やホテルが並んでいます。
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 下呂温泉には湯之島館以外にはレトロ建築はないようです。というか木造の和風旅館は見かけませんでした。路地に入ったら、あるようですが、時間的余裕がなく、パスしました。
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 老舗も鉄筋コンクリート作りのホテル形式になっていますね。これは有名な水明館。飛騨川西岸にあります。中には能舞台もあるとか。
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 東岸にある山形屋。いずれも高級旅館です。
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 昼食の場所を探しましたが、なかなか手ごろな飲食店には出会いませんでした。結構うろうろしたあげくに、桔梗屋支店という飛騨川沿いのそば屋を見つけました。
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 昭和レトロがいいですね。
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 飛騨川が眼下に見えました。おいしかったし、ゆったりさせてもらいました。
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 JR下呂駅に戻ってきました。
by gipsypapa | 2017-01-11 09:36 | | Trackback | Comments(0)

楽水園

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 最近は冬の福岡への帰省は混雑回避のために正月明けの1月中旬にしています。このブログでは何回か書いていますが、市内の洋風のレトロな建物の数が少なく、しかもほぼ全部見てしまいました。行くところがなくなってきたので、今回は東区の寺社を中心に一回りすることにしました。

 JR博多駅の近傍は博多区です。自分の実家は西区なので反対側。生まれてから就職するまで過ごした福岡市ですが、この周辺はほとんど歩いたことがないのです。

 最初の訪問地は楽水園(らくすいえん)、博多駅近くのオフィス街の一画にある日本庭園。ここは明治39年に建てられた、博多商人の下澤善右衛門親正(しもざわ ぜんえもん ちかまさ)の住吉別荘があった跡地です。親正は、父尚正(なおまさ)と親子二代にわたり、家業と並んで福博の発展に貢献した人物で、「楽水」とは、親正の雅号だそうです。

 戦後は旅館「楽水荘」として使用され、平成7年に福岡市が池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)の日本庭園として整備して開園しました。風雅な茶室を備えた日本庭園に博多の町の復興の象徴である博多塀を再現しています。

楽水園
明治後期
設計・施工 : 不明
福岡市博多区住吉2-10-7
撮影 : 2015.1.19
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 アプローチにあるのが博多塀。
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 豊臣秀吉が博多の町の戦災復興、いわゆる太閤町割りを行ったとき、神社・仏閣や豪商の屋敷に築かれた土塀の一種。兵火による焼石、焼け瓦を粘土で固めてつくられ、「博多塀」と呼ばれました。
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 博多塀の細道の奥が受付です。
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 池泉回遊式の日本庭園の自然石を配した滝口。
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 飛び石の上に小石が乗っています。これ以上奥へ行かないように印の止め石です。
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 水琴窟。蹲踞(つくばい)の水落ちの箇所にある排水口の下の地中に伏瓶や小洞窟を設け、その中に生じる水滴の反響音を楽しむものです。耳をすますと地中から、かすかな音色が響きます。伊豆半島の松崎でも見ました。
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 園内の茶室「楽水庵」は、下澤親正が建てた茶室を復元したものです。
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 和室は炉を設けた8帖の和室2間と、6帖の和室を備えた続き間。
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by gipsypapa | 2015-07-15 09:01 | | Trackback | Comments(2)

桑名の料亭とレストラン

 江戸時代から「その手は桑名の焼きはまぐり」といわれるほど蛤が名物の桑名市。町の規模の割には飲食店が多いと感じました。さらにいずれも高級な店ばかり。街歩きの途中に目を引いたいくつかの店を紹介します。
撮影 : 2014.11.24

歌行灯本店
桑名市江戸町10
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 歌行灯本店はうどんと日本料理と蛤料理のお店です。歌行灯は泉鏡花の小説の題名からとっています。これはこの後の船津屋で出てきます。
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 食べログに内部写真がありましたので借用します。
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割烹日の出
桑名市川口町19
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 蛤鍋が有名な、割烹・季節料理のお店、割烹日の出です。
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 食べログの写真です。↓
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 これが名物の蛤鍋のようです。
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料理旅館山月
桑名市船馬町32
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 旧東海道「七里の渡」船着場には江戸時代の本陣と脇本陣がありました。山月は脇本陣駿河屋だったもので、創業明治38年の老舗料理旅館です。ここも蛤料理と懐石料理で、少人数なら宿泊でき、宴会なら100名規模までできるとか。
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 大きな店みたいですが、HPや食べログの写真情報が見つかりませんでした。

ザ フナツヤ(船津屋)
桑名市船馬町30
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 その隣が本陣だった船津屋。明治8年創業の老舗料理旅館で桑名ではよく知られています。1990年代まで旅館として、その後は料亭営業していました。現在はリニューアルして和を生かしたモダンなレストランと結婚式場なっています。
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 泉鏡花がこの宿で執筆した小説「歌行燈(うたあんどん)」の舞台になっています。
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 その歌行燈句碑が塀に掲げてありました。
 以下も食べログから。↓
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れすとらん あずまや
桑名市川口町10
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 七里の渡の近くにある桑名では数少ない洋食店。とはいえ、ここも蛤を洋風焼き蛤やグラタン、チャウダー、フライなど、洋食のレシピでアレンジしているそうです。ネット情報では全5品をコース仕立てにした「蛤セット」がおすすめだとか。さすが桑名!
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 ハマグリ・・・ハマグリ・・・

柿安料亭本店
桑名市江戸町36
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 創業明治4年の柿安料亭本店。こちらは牛料理の店です。やっと普通のお店が・・・(笑)
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 以下は食べログから。
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タイル張りの民家
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 おまけです。「あずまや」の隣に陸屋根の変わった建物があります。白いタイル張りの洋風建築なのに、玄関回りは和風です。
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by gipsypapa | 2015-06-18 10:01 | | Trackback | Comments(2)

桑名の街歩き(その1)

 桑名は揖斐川の西岸にあり、江戸時代には桑名藩11万石の城下町で、東海道五十三次で知られる東海道42番目の宿駅・桑名宿として栄えました。桑名城跡は九華公園として整備されています。

 揖斐川(いびがわ)に面する川口樋門から南大手橋に至る三之丸掘の石垣約500mが現存する城壁です。この日は堀に沿って南から北へ歩きました。
撮影 : 2014.11.24

北大手橋
三重県桑名市三之丸
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 堀にはいくつかの橋が架かっています。まず北大手橋です。
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 堀は船寄場になっています。ここから堀を北上すると揖斐川に出るので、ひいては海に通じているわけです。

多聞橋
三重県桑名市三之丸
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 意匠を凝らした橋です。
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 この袂も船寄場です。
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七里の渡跡
桑名市東船馬町
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 七里の渡し(しちりのわたし)は東海道五十三次で知られる宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの海上の渡しで、東海道における唯一の海上路でした。
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 七里の渡しの名称は、移動距離が7里であったことに由来します。渡し船によって移動し、所要時間は約4時間だったそうです。
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 ここにある大鳥居は、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称され、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられています。
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蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)
桑名市川口町
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 七里の渡に面して建てられた河口のまち桑名を象徴する蟠龍櫓。かつては東海道を行き交う人々が必ず目にした桑名のシンボルを忠実に復元しましたものです。「蟠龍」とは、天に昇る前のうずくまった状態の龍のことだそうです。龍は水を司る聖獣で、航海の守護神としてここに据えられたものと考えられています。
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 徳川家康の重鎮、本田忠勝。武勇をはせた武将ですが、桑名10万石の城主になったのですね。
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 揖斐川が眼下に見えます。
by gipsypapa | 2015-06-17 10:00 | | Trackback | Comments(2)