カテゴリ:建築( 2201 )

楽寿園の楽寿館

c0112559_08110804.jpg
楽寿園(らくじゅえん)はJR三島駅のすぐ南に位置し、うっそうとした森に囲まれた広さ約75,474平方メートルの自然豊かな大きな公園です。明治維新で活躍された小松宮彰仁親王が明治23年に別邸として造営されたもので、昭和27年より市立公園として三島市が管理運営しています。

楽寿園
静岡県三島市一番町
19-3撮影 : 2016.2.3
c0112559_08114326.jpg
ほぼ駅前にあるにしてはとてつもなく広大な公園です。
c0112559_08123027.jpg
ここから入園します。入園料は300円でした。
c0112559_08130201.jpg
c0112559_08132124.jpg
韮山反射炉(伊豆の国市)が世界文化遺産として登録されたことを記念して建てられたモニュメントがあります。

楽寿館
c0112559_08143200.jpg
お目当ての楽寿館は楽寿園の南側中央にあります。小松宮彰仁親王の別邸として明治時代に建てられた、京間風高床式数寄屋造りの建物です。内部は一般公開されていますが、指定された見学時間が数回に限られていて、残念ながらタイミングが悪く内部は見ることができませんでした。上質な材料から装飾意匠までが十分吟味された、宮家の別荘建築として価値が高い建物です。木造平屋建て。

楽寿館
旧小松宮彰仁親王別邸
1890(明治23)年
設計・施工 : 不明
静岡県三島市一番町19-3
c0112559_08161928.jpg
c0112559_08163635.jpg
c0112559_08165189.jpg
c0112559_08171526.jpg
c0112559_08201635.jpg
c0112559_08203187.jpg
c0112559_08205243.jpg
楽寿館の前は小浜池ですが、ごらんのように枯れています。富士山噴火時に流れ出て三島までたどりついた溶岩(三島溶岩流)に富士山の雪解け水が湧き出す池の景色がすばらしいことから昭和29年国の天然記念物及び名勝に指定されました。しかしながら最近は水が減少し、枯渇期が長く、ほとんど満水になることはないそうです。
c0112559_08214002.jpg
岩がむき出しになっています。昭和37年頃から湧水の枯渇が続いているとか。工業用水の汲み揚げとの関係が指摘されています。もともと池の水位は季節によって変化し、降水量の多い夏期に増加し、冬季に減少するそうなので、このときの水位は低いのでしょうが・・・
c0112559_08223922.jpg
ネットにあったかつての小浜池は確かに水が豊富です。隔世の感があります。小浜池は市内を流れる蓮沼川(宮さんの川)と源兵衛川の起点となっています。
c0112559_08235269.jpg
一部しか内部を見学できなかったので、以下にネットにあった写真を借用します。
c0112559_08242030.jpg
楽寿の間は、中央に床の間を構え、美しい襖絵(ふすまえ)と天井画で飾られた格式高い空間です。
c0112559_08244848.jpg
c0112559_08250342.jpg
c0112559_08251696.jpg
c0112559_08253288.jpg
c0112559_08254438.jpg



by gipsypapa | 2017-04-28 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(0)

JR三島駅

c0112559_08022923.jpg
1泊した修善寺温泉から三島駅まで伊豆箱根鉄道で移動。新幹線を経由して大阪へ帰りました。せっかくなので、行ったことがなかった三島の駅周辺を歩くことにしました。

三島駅(みしまえき)はJR東海の新幹線と東海道線、JR貨物と伊豆箱根鉄道の駅です。1934年(昭和9年)に開業。丹那トンネルができ、熱海と沼津間が開通したときに合わせての開業しました。今の三島駅は2代目で、長泉町にあった初代三島駅こと下土狩駅と区別するため、「三島新駅」と呼ばれたそうです。

富士山と三嶋大社の社の姿を意識した南口の駅本屋は、緩やかな曲線を描いた切妻型の大屋根が特徴的です。木造平屋建て。

JR三島駅
1934(昭和9)年
設計 : 神保忠良
施工 : 不明
静岡県三島市一番町
撮影 : 2016.2.3
c0112559_08030362.jpg
c0112559_08032059.jpg
完成したばかりの三島駅(1934年)。写真がネットにありました。↑
c0112559_08043432.jpg
c0112559_08044763.jpg
c0112559_08050502.jpg
修善寺からは踊り子号に乗ってきました。
c0112559_08055524.jpg
駅前から市の中心部へ向かい、昼食もとるつもりです。

by gipsypapa | 2017-04-27 08:06 | 建築 | Trackback | Comments(3)

天城湯ヶ島温泉の瑞祥閣

c0112559_08205908.jpg
これも早朝の散歩で見つけた和風旅館「瑞祥閣(ずいしょうかく)」です。天城遊歩道の出発地点である瑞祥橋のたもとにあります。天城遊歩道は浄蓮の滝や天城峠に続く道で、「伊豆の踊子」も歩いたコースです。

瑞祥閣
1951(昭和29)年
設計・施工 : 不明
静岡県伊豆市湯ヶ島413
撮影 : 2016.2.2
c0112559_08214982.jpg
c0112559_08220754.jpg
瑞祥橋は、1961(昭和39)年に竣工した橋です。
c0112559_08273888.jpg
c0112559_08230937.jpg
橋の上から本谷川(狩野川の上流)を望む。
c0112559_08235182.jpg

by gipsypapa | 2017-04-24 08:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

天城湯ヶ島温泉の「落合樓 村上」

c0112559_08553258.jpg
早朝に白壁荘周辺を散策しました。白壁荘から狩野川を少し上流に行く文化財の宿「落合楼 村上」があります。元は明治七年に創業した「眠雲樓(みんうんろう)」が眠雲樓落合楼の創始です。現在の名称は狩野川の起点、本谷川と猫越川(ねっこがわ)の合流点にあり、明治14年に逗留中の山岡鉄舟が宿の庭から川の落ち合う様子を眺めて「落合楼」と称したのが由来だそうです。

玄関を含む本館の一部と眠雲亭や応接棟などは、昭和8年から12年にかけて建てられたもの。 約3,000 坪の広大な敷地に客室は僅か15 室のみだそうです。各室の床・棚などに銘木奇木を用いるなど、良質の建築材をふんだんに使った贅沢な造りの高級旅館。本館以外にも玄関棟、応接棟、眠雲亭、紫檀宴会場、配膳室階段棟、住居棟及び廊下が国の登録有形文化財に指定されている木造2階建て。

眠雲閣落合樓 村上
1933(昭和8)年~1937昭和12)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
伊豆市湯ヶ島1887
撮影 : 2016.2. 2
c0112559_08560886.jpg
門から正面に見える玄関棟。
c0112559_08565263.jpg
c0112559_08575151.jpg
狩野川沿いに建つのは本館。
c0112559_08583835.jpg
周辺から見えるのほここまでです。以下はネットにあった写真を借用します。
c0112559_08594109.jpg
玄関棟。
c0112559_08595701.jpg
本館。
c0112559_09004149.jpg
眠雲亭。
c0112559_09010901.jpg
c0112559_09012597.jpg
c0112559_09014083.jpg
c0112559_09015406.jpg
c0112559_09020863.jpg
c0112559_09022394.jpg
c0112559_09023606.jpg
c0112559_09025261.jpg
c0112559_09030706.jpg
c0112559_09032525.jpg
c0112559_09034191.jpg





by gipsypapa | 2017-04-23 09:03 | 建築 | Trackback | Comments(2)

天城湯ヶ島温泉の白壁荘

c0112559_09463646.jpg
旅行から戻ったので、再開します。今日から伊豆半島です。伊豆は何度か行ったことがありますが、今回は初めて湯ヶ島温泉に行くことにしました。修善寺駅からバスで30分ほどの所にある湯ヶ島温泉は、天城山麓を流れる狩野川上流の渓谷沿いにあります。

泊まった白壁荘は静かな雰囲気のかなにある民芸調の旅館です。建物は本館1号が昭和29年築、以下昭和31年築の本館2号、昭和40年築の別館、昭和63年築の新館と4棟から成っています。

白壁荘
1954(昭和29)年以降増設
設計・施工 : 不明
静岡県伊豆市湯ケ島1594
撮影 : 2016.2.1 & 2
c0112559_09471547.jpg
c0112559_09473416.jpg
c0112559_09475167.jpg
c0112559_09480689.jpg
c0112559_09482242.jpg
c0112559_09483817.jpg
c0112559_09485763.jpg
c0112559_09491212.jpg
狩野川沿いに建っています。
c0112559_09494433.jpg
本館を入ったらロビー。
c0112559_09501535.jpg

c0112559_09510616.jpg
c0112559_09512688.jpg
民芸調です。
c0112559_09515657.jpg
c0112559_09521347.jpg
c0112559_09523065.jpg
c0112559_09524704.jpg
泊まった部屋は本館から地下道を通って向い側にある本館2号でした。
c0112559_09532152.jpg
広めの和室と・・・
c0112559_09535263.jpg
板張りの控え間には掘り炬燵がありました。
c0112559_09542607.jpg
c0112559_09544724.jpg
c0112559_09550898.jpg
c0112559_09564551.jpg
c0112559_09553064.jpg
巨石をくりぬいた露天風呂。
c0112559_09572978.jpg
こちらは巨木の風呂。
c0112559_09575890.jpg
もちろん普通の大浴場「瑠璃の湯」もあります。
c0112559_09582819.jpg
有名な石川さゆりの「天城越え」。
c0112559_10000623.jpg
作詞家の吉岡治はここ白壁荘に逗留して歌詞を書いたそうです。
c0112559_10005104.jpg
廊下や地下道でつながった各棟を散策しました。
c0112559_10021057.jpg
c0112559_10022782.jpg
c0112559_10024448.jpg
c0112559_10030293.jpg
c0112559_10032184.jpg
c0112559_10034124.jpg
c0112559_10042159.jpg
c0112559_10044010.jpg
c0112559_10051607.jpg
客室の眼下を流れる狩野川。


by gipsypapa | 2017-04-22 10:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

車窓から見た五島列島の教会


c0112559_08090997.jpg
五島列島へのキリスト教伝来は、フランシスコ・ザビエルから17年後(1566年)といわれています。近代的な教会が建てられたのは明治初期からですが、歴史的にキリスト教の信仰が厚いところであり、現在も多くの教会があります。↑の写真は「五島の島たび」というHPから借用しました。
c0112559_08082373.jpg
北部、中通島(上五島)周辺。
c0112559_08102032.jpg
南部、福江島(下五島)周辺。

これまで下車して見た教会が、いかに本の一部であるかがわかります。気持ちとしては、少なくとも歴史のある教会は全部見たいのですが、ツアーなので、行きたいところはバス任せです。いくつかの教会はバスの中から眺めるだけで通過しました。そのいくつかをネット写真を借用しながら紹介します。これ以上見たければ、個人的に訪ねるしかありませんが、どう見ても不便そうです。

カトリック水の浦教会
c0112559_08113588.jpg
福江島(下五島)にあるカトリック水の浦教会。ここは鉄川与助の作品なので、下車して見たかった教会です。現存する我が国の木造教会堂としては最大規模のもので、設計者鉄川与助にとってリヴ・ヴォールト天井の教会堂の最後の遺構です。横板張り、重層屋根構成瓦葺きの建物で、会堂内部は三廊式の比較的安定感のある印象です。木造平屋建て。

カトリック水の浦教会
1938(昭和13)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県五島市 岐宿町岐宿1644
撮影 : 2015.11.3
c0112559_08124767.jpg
c0112559_08130935.jpg
バスから見えるのはここまでがやっとです。以下の写真はネットから借用しました。
c0112559_08141851.jpg
c0112559_08144538.jpg
c0112559_08151002.jpg
c0112559_08153757.jpg
c0112559_08155326.jpg
c0112559_08160829.jpg

カトリック跡次教会
c0112559_08214147.jpg
国道からすぐの山手の緑のに映える白い外壁が美しい教会。創建は1914(大正3)年と古い教会ですが、現在の聖堂は最近建替えられたものです。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

カトリック跡次教会
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
長崎県南松浦郡新上五島町跡次
撮影 : 2015.11.3
c0112559_08221026.jpg
c0112559_08223572.jpg
以下はネットから。
c0112559_08230751.jpg
c0112559_08231955.jpg

カトリック冷水教会
c0112559_08242672.jpg
冷水(ひやみず)教会は明治時代に建てられた素朴な木造で、丸尾郷出身の鉄川与助(てるかわ よすけ)が棟梁となって初めて手掛けた教会。内部構造は三廊式のリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造平屋建て。

カトリック冷水教会
1907(明治40)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2
撮影 : 2015.11.3
c0112559_08250010.jpg
遠景だし、バスも止まらず通過して今いました。以下はネットにあった写真です。
c0112559_08260248.jpg
c0112559_08261628.jpg
c0112559_08263685.jpg
c0112559_08265180.jpg
c0112559_08270957.jpg
c0112559_08272420.jpg
c0112559_08274046.jpg

c0112559_08275484.jpg


by gipsypapa | 2017-04-12 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

頭ヶ島天主堂


c0112559_08121502.jpg
頭ヶ島天主堂(かしらがしまてんしゅどう)は五島列島中通島(上五島)の東方にある長径2km余の小島にあります。島の北側にある入り江に面し、山裾の一段高い位置に建っていて、天主堂の周辺には,石造の門や石垣,石段などが当時のまま残っています。

聖堂は鉄川与助(てつかわ よすけ)の設計・施工により、明治43年に着工,10年を費やして大正8年に竣工したものです。ロマネスク調の教会堂で、平面は単廊式。天井はアーチやヴォールトを用いず、二重持送りのハンマー・ビーム架構で支えられています。

小規模ながら貴重な石造りで,内外とも斬新な意匠。長崎を中心に数多く残る離島,辺地の教会堂のなかでも傑出した遺構として,国の重要文化財に指定された石造り平屋建て。

頭ヶ島天主堂
1919(大正8)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷638番地1
撮影 : 2015.11.4
c0112559_08124868.jpg
主任司祭は常駐しておらず、カトリック鯛ノ浦教会の巡回教会になっています。
c0112559_08132888.jpg
ネット情報によれば、上五島に属する頭ヶ島は、1859年頃から入植が始まり、役人の目もあまり届かないことから、潜伏キリシタンが増えたとか。
c0112559_08140688.jpg
1867年以降、上五島には長崎から密かに外国人神父が訪れるようになるが、翌年にはキリシタン弾圧「五島崩れ」が起きました。頭ヶ島でも主だった信者が拷問を受け、島民全員が島を一時脱出したそうです。
c0112559_08144206.jpg
大崎八重神父の指導により、近くの島から切り出した石を、信者らが船で運び組み立てたそうです。
c0112559_08151314.jpg
ちなみに今、頭ヶ島は橋で上五島とつながっていて、車で来ることができますが、当時は小船で石を運んだでしょうから、着工から10年かかったのは仕方がありません。
c0112559_08193142.jpg
c0112559_08201339.jpg
c0112559_08202990.jpg
c0112559_08204626.jpg
c0112559_08210732.jpg
c0112559_08213123.jpg
窓が開放されていたので、外からも内部が見えます。
c0112559_08230237.jpg
c0112559_08232095.jpg
以下の内部写真はネットから。
c0112559_08235883.jpg
ハンマービームを多用した船底のように複雑な折上天井です。
c0112559_08244901.jpg
随所にツバキの花柄文様があしらわれているので「花の御堂」とも呼ばれるとか。
c0112559_08252406.jpg
このような斬新な意匠と構造を設計した鉄川与助の実力に脱帽です。
c0112559_08254012.jpg
c0112559_08255725.jpg
c0112559_08261891.jpg
世界遺産登録を目指している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ「頭ヶ島の集落」にあります。
c0112559_08271797.jpg
敷地のそばにあるキリシタン墓地。
c0112559_08280379.jpg
天主堂と周辺環境が一体となって良好な風致を形成しているのが、世界遺産へ応募する理由です。


by gipsypapa | 2017-04-11 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック鯛ノ浦教会

c0112559_08350038.jpg
鯛ノ浦教会は上五島における布教の中心として明治14年(1881)に設立されました。明治 36 年(1903) に、フランス人のペルー神父の指導により場所を現在地に移して教会堂を造り替えたのが現在の旧聖堂です。鉄川与助(てつかわ よすけ)が設計や建設に関わったそうです。

1979(昭和54)年に、新しい天主堂が出来てからは図書室その他宗教教育施設として使われています。旧聖堂は木造の単層屋根構成桟瓦葺き、外壁は下見板張りです。戦後すぐ、正面に煉瓦造りの鐘塔を増設する改造が行われました。聖堂の内部は三廊式で、見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造瓦葺き平屋建て。

カトリック鯛ノ浦教会旧聖堂
903(明治36)年 / 1946(昭和21)年増築
設計 : ペルー神父(指導)か(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
施工 : 野原棟粱、鉄川与助副棟梁(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
長崎県南松浦郡新上五島町鯛ノ浦326
撮影 : 2015.11.3
c0112559_08220665.jpg
ネット情報では、「戦後の改造時に窓枠の裏側に鉄川与助の墨書が見つかったと伝えられているが、この旧聖堂の建設時には鉄川与助は副棟梁的な立場で建設に関わっていたようである。」とあります。
c0112559_08225662.jpg
正面に増設された鐘楼は長崎の原爆で壊された旧浦上天主堂の煉瓦が使われているそうです。
c0112559_08231274.jpg
「おじいちゃんが建てた教会」という与助のお孫・鉄川さんのホームページにも作品リストにも旧聖堂は明治36年に野原棟粱施工とあり、昭和21年の増設部は鉄川与助の施工と記載されています。
c0112559_08232702.jpg
敷地にあるマリア像を祀ったルルドがここにも。
c0112559_08264498.jpg
詳細はわかりませんでした。
c0112559_08272464.jpg
新しい天主堂が建ったので、この旧聖堂は役目を終えました。図書館などに使われていて、内部は撮影可能です。
c0112559_08284559.jpg
この旧聖堂は木造ですが、屋根組みはリブ・ヴォールト(こうもり)天井。
c0112559_08292256.jpg
c0112559_08294995.jpg
c0112559_08300539.jpg
c0112559_08302397.jpg
c0112559_08304022.jpg
c0112559_08305608.jpg
c0112559_08311372.jpg
c0112559_08314806.jpg
c0112559_08320748.jpg
手前の現代的な建物が新しい天主堂です。
c0112559_08324016.jpg




by gipsypapa | 2017-04-10 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック青砂ヶ浦教会

c0112559_08095069.jpg
青砂ヶ浦天主堂(あおさがうらてんしゅどう)は五島列島の主要五島の最北に位置する中通島北部にあります。明治43年の竣工で、設計施工は長崎県を中心に九州地方北部に数多くの教会堂を手がけた鉄川与助(てつかわ よすけ)です。

重層構成の教会堂で、聖堂内部は三廊式バシリカ型という形式で、木造の円柱で身廊と側廊に区切った、リブ・ヴォールト(こうもり)天井になっています。日本人設計者の手で建設された煉瓦造教会堂の最初期のもので,かつ教会堂建築の基本である重層屋根構成にもとづく外観や内部空間が形成されるようになった初めての例で,価値が高いとして国の重要文化財に指定されました。躯体は煉瓦造り、内部構造は木造の平屋建て。

カトリック青砂ヶ浦天主堂
1910(明治43)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
撮影 : 2015.11.3
c0112559_08102464.jpg
c0112559_08104163.jpg
西側正面は3層に区切りられ、バラ窓や縦長のアーチを見せています。
c0112559_08111319.jpg
c0112559_08113517.jpg
c0112559_08120274.jpg
正面入口左右には柱頭にコリント式と思われる葉形装飾のある円柱があり、その上部は、多分テラコッタ製の尖頭アーチになっています。
c0112559_08123837.jpg
c0112559_08125864.jpg
外壁はイギリス積の煉瓦。
c0112559_08140401.jpg
以下、内部写真はネットから借用しています。
c0112559_08144555.jpg
c0112559_08150670.jpg
c0112559_08153526.jpg
c0112559_08155405.jpg
c0112559_08161719.jpg
見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。
c0112559_08163574.jpg
c0112559_08165119.jpg
外観・内部とも全体に均整のとれた構成です。また細部の意匠も優れています。
c0112559_08173626.jpg
地元では五島を世界遺産の島に~長崎の教会群とキリスト教関連遺産~の運動が続いています。

by gipsypapa | 2017-04-08 08:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

井持浦教会とルルド

c0112559_08172200.jpg
五島列島司牧の責任者ペルー神父の指導により1897(明治30)年に建てられた井持浦(いもちうら)教会の旧教会堂はロマネスク風教会として知られていましたが、1987(昭和62)年の台風による甚大な被害を受け、取り壊されました。現在の会堂はその翌年に新しく建立されたものです。レンガ造り、平屋建て。

カトリック井持浦教会
教会堂 : 1989(昭和63)年
ルルド : 1897(明治30)年
設計・施工 : 不明
長崎県五島市玉之浦町玉之浦1243
撮影 : 2015.11.3
c0112559_08181809.jpg
c0112559_08183596.jpg
c0112559_08184902.jpg
c0112559_08190550.jpg
教会堂は新しくなりましたが、敷地にあるルルドの洞窟は昔のままです。教会建築から2年後の明治32(1899)年、ペルー師はこの地に聖母出現の地フランスのルルドを模した洞窟を創設することを信徒に呼びかけました。
c0112559_08193710.jpg
1858年にフランスのルルドで聖母がベルナデッタという少女の前に姿を現し、そこに数々の難病を治す奇跡の泉が湧き出た、という有名なルルドの泉の話です。
c0112559_08200473.jpg
ペルー師の指導のもと、五島の各地から石や珍しい岩石が集められ、教会脇にルルドが造られたそうです。
c0112559_08203587.jpg
c0112559_08205094.jpg
c0112559_08210535.jpg
c0112559_08214117.jpg
以下の内部の写真はネットから借用しました。
c0112559_08222446.jpg
c0112559_08224027.jpg
c0112559_08225774.jpg
c0112559_08231548.jpg

by gipsypapa | 2017-04-06 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)