2017年 10月 04日 ( 1 )

慧日山 東福寺

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東福寺(とうふくじ)は、1236(嘉禎2)年に創建された臨済宗東福寺派大本山の寺院で、山号は慧日山(えにちさん)です。鎌倉時代初期に九条道家(くじょう みちいえ)により九条家の菩提寺として伽藍を建立したことに始まるとか。寺名は、奈良の東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとって東福寺としたそうです。

25の塔頭(たっとう)寺院を持つ巨大な寺院で、三門、本堂、方丈、庫裏などの主要伽藍が軒並み、国宝や国の重要文化財に指定されています。また、秋は紅葉の名所として賑わうことで知られるほか、重森三玲(しげもり みれい)作庭の庭園が有名で見所になっています。

慧日山 東福寺
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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この年は、初めて紅葉の見ごろの11月12日から30日まで、事故防止と混雑緩和のため、主な紅葉の撮影スポットになる通天橋と臥雲(がうん)橋上での撮影が禁止されているというニュースをテレビで見ました。
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警備員や誘導係を多く配置して混雑解消に努めてきたが、近年は海外からの観光客が増えて、撮影で立ち止まる人が多く、行列が動かなくなる時もあるそうです。
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ということで、紅葉の見ごろ期間が終わるのを待ちました。12月になったので、通行禁止も解けたので、紅葉も終わりかけのはず。重森三玲の庭が見たかったこともあり、出かけました。

臥雲橋(がうんきょう)
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東福寺の洗玉澗(三ノ橋川の渓谷)に架けれた3つの橋は、「東福寺三名橋」と呼ばれています。この臥雲橋は三名橋の中で最も下流に架かっている橋で、境内というより公道の間にある橋です。最盛期を過ぎたとはいえ、多くの観光客です。警備の人が、同じ場所で長い間撮影していると、注意する光景も見受けました。

臥雲橋
詳細 : 不明
京都府重要文化財
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日下門(にっかもん)というところから境内へ。これも京都府指定文化財です。

禅堂
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入ってすぐ右手にあるのは禅堂。切妻造りの国の重要文化財です。

禅堂
室町前期
重要文化財

本堂(仏殿)
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境内中央に建つ本堂は新しい建物です。明治後期に仏殿と法堂が消失したため、1934(昭和9)年再建されました。昭和期の木造建築としては最大級のものです。

本堂(仏殿)
1934(昭和9)年
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三門

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境内の南に構える三門。室町時代に足利義持が再建した、現存する禅寺の三門としては日本最古のものだとか。正面に巨大な6本の柱が並び、中央3間が通路になっています。東福寺の建造物としては、唯一、国宝に指定されている二重門。建造年についてはネット上では1405(応永12)年と1425(応永32)年と二つあり、正解はわかりません。

三門
室町初期
1405(応永12)年
国宝
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門の南にある思遠池(しおんち)は放生池で、中央に三門へとつながる石橋が懸けられています。
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六波羅門(ろくはらもん)
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境内南側の通用門は鎌倉前期のもので、1221年(承久3年)に後鳥羽上皇により起こされた「承久の乱」の後、朝廷を監視する目的で執権北条氏により京都に置かれた六波羅探題の遺構を移築したものと伝わっています。寺内で最も古い建築物の一つで、国の重要文化財に指定されています。

六波羅門
鎌倉前期
重要文化財

浴室(よくしつ)
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境内の南、三門の東側にある入母屋造りの浴室。国内最大で、室町時代の築と考えられ、禅宗では現存最古の浴室であることから、重要文化財にも指定されています。

浴室
1459((長禄3)年ころ
重要文化財
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蒸し風呂だったようで、現在でも使用できるほどの近代的なシステムだそうです。

五社成就宮(ごしゃじょうじゅきゅう)
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入口にある石の鳥居、この鳥居をくぐって石段を上がった先に本殿があります。東福寺の鎮守社で、石清水八幡・賀茂・稲荷・春日・日吉の五社を祀ることから「五社明神社」とも呼ばれています。京都府の有形文化財の一間社流造り。

五社成就宮
1594(文禄3)年
京都府指定文化財
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十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう)
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花崗岩製の石塔で比良の魔王を祀ったもので、南北朝時代に東福寺の創立祈願のために建立されたそうです。国の重要文化財の石塔。

十三重石塔
1343(康永2)年
重要文化財

鐘楼
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五社成就宮のある広場のにあるのは鐘楼。江戸時代の建立で、京都府指定文化財。梵鐘には1954年(昭和29年)の刻印があるそうです。鐘は戦時中に徴収されたのでしょうか。

鐘楼
1671(寛文11)年
京都府指定文化財

庫裏(くり)
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本堂(仏殿)の北側に方丈に接続して建っています。明治14年に消失したため、明治45年に再建されました。明治天皇皇后であった昭憲皇太后の恩賜建築だそうです。庫裡(庫裏)は寺院における台所、つまり食事を作る建物を指しますが、住職やその家族、あるいは僧侶の生活する場所であったり、寺務などが執り行われる場合もあるそうです。

庫裏
1910(明治43)年

経蔵(きょうぞう)
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開山の円爾弁円(聖一国師)は、仁治2年(1241)宋持ち帰ったの多くの経典が納められていた経蔵で、江戸時代の寛政5年(1793)の再建されたものです。

経蔵
1793(寛政5)年

愛染堂(あいぜんどう).
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朱色が鮮やかな八角形の愛染堂。元は、南北朝時代、東福寺の塔頭だった三聖寺に建てられましたが、室戸台風で倒壊。この場所に移築再建されたものだそうです。愛染明王を祀っています。

愛染堂
詳細不明

通天橋
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通天橋は、境内中央の仏殿・方丈から北側にある開山堂(常楽庵)に至る渓谷の洗玉澗に架けられた橋廊で、紅葉を楽しむ最良のスポットになっています。1380年に春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が谷を渡る苦労から僧を助ける為に、橋を架けたと伝えられています。元の橋が伊勢湾台風で倒壊したため、昭和36年に建て替えられました。上部は木製の橋ですが、橋脚部分は鉄筋コンクリートです。

通天橋
1961(昭和36)年
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通天橋の向こうにある開山堂(常楽庵)へ向かうのに通天橋拝観券販売所で拝観料400円を払って、洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷のそばを通ります。最盛期を過ぎたとはいえ、まだ見事な紅葉でした。
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これ以降はウィキペディアから。
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安藤広重の通天橋。次回からは、東福寺の美しい庭園に注目します。

by gipsypapa | 2017-10-04 09:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)