2017年 08月 10日 ( 1 )

長浜別院 大通寺

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町通りから北へ進んだところに、広大な大通寺(だいつうじ)があります。真宗大谷派の寺院で、山号は「無礙智山(むげちざん)」。別名、長浜別院や長浜御坊といわれています。

湖北の中心道場であった総坊を前身とし、慶長7年(1602年)に本願寺第十二代教如を開基として長浜城跡に創建。慶安4年(1652年)に現在地に移転したそうです。伏見城の遺構とされる本堂や大広間、客殿などの建築物(国の重要文化財)や、含山軒庭園と蘭亭庭園という2つの庭園(国の名勝)のほか、円山応挙や狩野山楽・狩野山雪らの障壁画など貴重な文化財を多数保有する寺院として知られています。

無礙智山 大通寺
江戸初期
重要文化財(本堂、大広間、客殿)
名勝庭園(含山軒、蘭亭庭園)
設計・施工 : 不明
滋賀県長浜市元浜町32-9
撮影 : 2016.11.19
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なまこ壁の塀の向こうに山門が見えてきます。
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手前の脇門(台所門)は工事中。向こうに庫裏が見えました。


山門
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江戸時代末期建立の総欅造り、二層門です。京都の東本願寺山門を模して32年間かけて建築されました。長浜市指定文化財の木造、二層門。

山門1841(天保11)年
長浜市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
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装飾彫刻がいくつも。
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山門のそばにある灯篭。
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ウィキペディアより。右から太鼓楼、本堂、大広間です。

本堂(阿弥陀堂)
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江戸初期建立の入母屋造り、本瓦葺きです。寺伝では、伏見城の殿舎が徳川家康より東本願寺の第十二代 教如へ贈られ、本願寺(東本願寺)の御影堂として用いていたものを、承応年間(1652年〜1654年)に移建したものと伝えられるそうです。国の重要文化財の木造平屋建て。

本堂(阿弥陀堂)
江戸初期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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拝観料は500円でした。
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欄間にはこんな洒落たものが。
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本堂と大広間は渡り廊下でつながっています。
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大広間(附玄関)
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これも本堂と同じく、承応年間に東本願寺から移築した書院造りの見事な建物で、伏見城の遺構と伝えられています。附(つけたり)指定の玄関は江戸時代中期の宝暦10年(1760年)建立です。写真は附(つけたり)指定の玄関。国の重要文化財の木造平屋建て。

大広間(附玄関)
江戸初期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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見事な大広間。
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違い棚や・・・
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花鳥の襖絵が素晴らしいのですが、誰の作品かは分かりませんでした。
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新御座
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大広間を進むと、建物がつながっている新御座へ出ます。天明7(1787)年、彦根藩の井伊家より住職として明達院乗徳が入寺したときに、彦根藩から寄進された建物で、そのあと何回も改築され、大正のときに現在の新御座として再建されたそうです。長浜市指定有形文化財の木造平屋建て。

新御座
1787(天明7)年 / 1912(大正元)年再建
長浜市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
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ここにも素晴らしい襖絵があります。金地墨画梅之図(市指定)は、江戸時代後期に京都画壇で活躍した岸駒の筆によるもの。1786(天明6)年。
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障壁画の琴棋書画図は狩野永岳です。
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この向こう側が客殿だったと思います。
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客殿(含山軒及び蘭亭)(合1棟)

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含山軒は、いわゆる住職の居間です。庭園を望む一の間に狩野山楽筆の山水画、二の間に狩野山雪筆の山水画があります。江戸時代前期の建築と考えられています一方、蘭亭は 江戸時代の宝暦5年(1755年)建立。含山軒とともに、優れた襖絵や杉戸絵があります。いずれも国の重要文化財の木造平屋建て。

客殿(含山軒及び蘭亭)(合1棟)
江戸初期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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含山軒茶室南側と蘭亭東端にある「牡丹唐獅子図」の杉戸絵。江戸時代。
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こちらの「蔦に雉子図」は含山軒の東側、一の間と二の間の間の杉戸絵。江戸時代、17世紀と推定されています。
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蔦に雉子図と一対をなすと思われているる「竹に雀図」は襖絵。
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山水花鳥押絵貼屏風。狩野山休の六曲屏風も江戸時代のもの。
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蘭亭の一の間の床の間は床柱側面に、近代的な意匠の透かし彫り。
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鶏図。蘭亭の西端の杉戸絵。これも江戸時代後期に京都画壇で活躍した岸駒の筆によるもの。1786(天明6)年と推定されています。
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庭園は建物から眺めるしかできませんが、なかなか立派でした。
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まずは大広間の前庭。


含山軒庭園
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江戸時代初期築造。書院含山軒の前庭で、伊吹山を借景とする観賞式枯山水庭園です。国の名勝に指定されています。
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蘭亭庭園
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↓ 以下はウィキペディアから借用しています。
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なまこ壁の手前は工事中だった脇門(台所門)。その奥に見えるのが山門です。
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工事前の脇門。庫裏が見えています。

あらかじめ、重要文化財の建物があると知っていたので、訪ねてみましたが、予想以上、見所が多い寺院でした。数々の素晴らしい襖絵や杉戸絵がそのまま残っているのが、大変貴重です。ただ、あまり手をかけていないようで、色あせなど古さが目立つものも。この後どれくらい維持できるのか不安です。

費用的にそう簡単ではないかもしれませんが、京都の建仁寺で紹介したような、高精細デジタル複製(写真)の使用を考えたらどうかと思います。ともあれ、行ってよかったお寺でした。多くの人に是非一度訪ねて欲しいものです。
by gipsypapa | 2017-08-10 08:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)