京都の旧岡村宇太郎邸

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 再び訂正です。Rさんという方から、この住宅は故岡村宇太郎(日本画家)の邸宅だった。また今は取り壊されて現存しないという情報をいただきました。データを変更します。(2012.5.13)

旧中村建築研究所京都出張所の建物と思って、一度アップしましたが、べーさんから↓の本野精吾のPDFにある写真と外観が違うとのご指摘があり、確かに違うこと。また同じPDFの解説に中村建築研究所京都出張所の南に中村鎮設計の古城邸があるのがわかりましたので、修正します。

 本野邸のすぐ近くにある建物。鎮式コンクリートブロック(鎮ブロック)で有名な、中村鎮(まもる)設計の古城邸だと思われます。こちらは本野邸のようにブロック剝き出しではありませんが、中村鎮設計ですから、躯体は当然コンクリートブロックを使った鉄筋コンクリート造りでしょう。持ち主は本野精吾がいた当時の京都高等工芸学校の古城鴻一教授。
 建築年も本野邸や中村建築研究所と似た意匠なので、本野精吾が設計にかかわっていた可能性があります。本野と中村は京都工芸学校実習室(現存せず)を同じ1924年に協働して設計していることから、この仮説は説得力があります。

 中村鎮は大正から昭和初期に活躍した建築家。鎮ブロックを用いた中村式鉄筋コンクリート構造。鎮式ブロックが外装材と鉄筋コンクリートの型枠を兼ねた構造になっています。

中村式鉄筋コンクリートブロック構造の建築物は、大正9年以降、全国に119件あるそうですが、その一部は↓に。
日本基督教団福岡警固教会
「ひろの東本西走!?」日本基督教団天満教会


 2010年ころ解体されました。

旧岡村宇太郎邸 1924(大正13)年ころ
設計 : 中村鎮+本野精吾?
施工 : 不明
京都市北区等持院北町
撮影 : 2008.7.5
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現在は使用されていないようで、樹木や絡まる蔦に隠れて建物の全貌がみえません。見えないながらも、2階建の洋館です。
 背の低い煉瓦造りの門は、本野精吾自邸と全く同じ形をしていて、やはり本野の関与を感じさせます。全貌は「まちかどの西洋館」で見ることができます。
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 今は空き家のようで、近づくと一部が見えてきました。外観からはブロックは見えず、モルタルで仕上げてあります。
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 こじんまりした玄関周り。
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 壁面も蔦に覆われてほとんど見えません。
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 受取人のいないメールボックス。
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 腰の下部はレンガ貼り。
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 東側に倉庫のような別棟がありました。
 ここは庭木や蔦が落葉する冬にもう一度訪問したいところです。空き家のようなので、問題は、いつまで残っていてくれるかですね。
by gipsypapa | 2008-07-25 10:59 | 建築 | Trackback | Comments(8)
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Commented by べーさん at 2008-07-26 09:37 x
だいぶ荒れてますが、建物の細部を観察すると質の高い作品であることが分かりますね。所有者ができてきれいにしてくれればうれしいものなのですが。
ところで、本野邸の記事に張られていたリンク先のPDFの資料の
古写真を見たら、中村邸の形が若干違うように見えるのですが、
古写真の中村邸と現存のこの建物とは同一なのでしょうか。
Commented by gipsypapa at 2008-07-26 23:30
べーさん、自分でPDFファイルを紹介しておきながら、パソコンで見ていたので気づきませんでした。
確かにこれは違いますね。ベーさんのサイトの情報が頭にあって、何も考えずにアップしてしまったようです。
この住宅と本野邸の間にはもう一軒住宅がありました。
写真から見る限り中村建築研究所はその間の住宅の場所にあって、今は存在しないようです。
同じPDFの記事に中村鎮設計の古城邸がその南にあったと書いてあります。
多分、この建物は古城邸だと思います。ブログの記事は追って修正しますね。
Commented by ひろ009 at 2008-07-28 22:30 x
ご無沙汰しております。
うちのブログのご紹介&TBありがとうございました。
本野精吾邸も古城邸も未見です。本野&中村鎮つながりでぜひ見に行かねば!
北山文庫も凄いみたいですね。一体どんな建物なんでしょう。
Commented by gipsypapa at 2008-07-29 15:09
ひろさん、この3か所は冬場をお勧めします。(笑)
ひろさんの天満教会はなかの写真がいいですねぇ。
シンプルな外観なのに思いがけないハンマービームのようなアーチ状の補強が美しいです。
私も偶然前を通ったので、外観だけは写真を撮っていますが、中は見れなかったので、
アップできていません。
Commented by R at 2012-05-13 13:53 x
R

はじめまして。
この建物の近隣に住んでいる者です。
うちの母(昭和12年生まれで、以来、ここに居住している。)が、
僕に、以下の事を言っております。

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結論:
旧古城邸と推定されている建物は、故岡村宇太郎(日本画家)の邸宅であった。
この岡村邸は、2年ほど前に取り壊して現存しないが、蔦の絡んだ推理小説にでも登場しそうな雰囲気があった。
旧古城邸は、十字路の南西角にあったが、40年程前に取り壊された。これもまた、コンクリート造りの特異な建物であった。
本野&中村つながりの建物は、北から南へ本野邸・旧宇和川邸(中村建築研究所京都出張所 宇和川通喩…フランス帰りの洋画家)
・旧岡村邸・道を挟んで旧古城邸と連なっていた。


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との事でした。
Commented by gipsypapa at 2012-05-13 16:33
R さん
はじめまして。詳しい情報をありがとうございました。
お母様の記憶は非常に具体的でほぼ間違いないと思います。
INAX REPORT にもそこまで詳しく書かれていません。
というか調べきれなかったと思います。
http://inaxreport.info/data/INAX171_04_14.pdf
予想はしていましたが、この住宅も壊されてしまったのですね。
データーを変更しておきます。
大変貴重な情報でした。多謝。
Commented by fujita yoko at 2015-05-23 08:17 x
このお家のことを調べててここに行き着きました。どうもありがとうございます!素晴らしい建物だったので写真を撮りたいなあと思ってたんですが、行ってみたら解体真っ最中でがっくりきたんです。2009年の3月だったと思います。ちょうどこのお宅にゆかりのある方が来られてて、写真を撮っておられました。もとの持ち主は画家だったと言っておられました。懐かしい画像が見られてとてもうれしいです。
Commented by gipsypapa at 2015-05-24 10:00
fujita yoko さん、
解体中に行かれたのですか。
まったく惜しい建物でしたね。
私は偶然通りかかって
写真に撮ったのですが、
最初はだれの設計かも
どなたのお住まいかもわかりませんでした。
R さんの詳しいコメントで
やっと故岡村宇太郎(日本画家)の邸宅だったことがが判明したわけです。
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