聖ヨゼフ修道院 門の家

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衣笠会館から西大路通を北上し、北野白梅町駅を通り過ぎると右手に聖マリア養護学校やひばり学園などの校舎があります。

その東裏側にあるのが聖ヨゼフ修道院。東の露地に面している大正期の門衛所。旧財閥の住友家衣笠別邸があった場所で、今は修道院や学校になっている広大な敷地に日本家屋と接待所に使われた大きな洋館があったそうですが、戦後になって取り壊され、この門と門衛所だけが残っています。

設計者の多久仁輔氏は住友の建築設計部門に所属した人。中世のヨーロッパを思わせる、とんがり屋根とハーフティンバー、平屋建ての登録有形文化財。

聖ヨゼフ修道院 門の家
旧住友家衣笠別邸 門衛所 1920(大正9)年
登録有形文化財
設計 : 多久仁輔
施工 : 八木甚兵衛
京都市北区北野東紅梅町7
撮影 : 2008.7.5
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このレンガ造りの門も国の登録有形文化財。
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 今でも広大な敷地があります。左に見える白い像は聖ヨゼフでしょうか?
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腰部分は煉瓦壁、上部は木造のハーフティンバー様式です。
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小さいながらもハーフティンバーでベイウィンドウと煉瓦の煙突もある、当時の洋風設計の意匠を凝縮させたような建物。これが守衛の詰め所か。昔の財閥のけた外れの財力を思い知ります。
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 門の家のすぐ後ろに、もう一棟さらに小ぶりな煉瓦造りの小屋のようなものがありました。右側は煉瓦、左は石を使ったコンクリート壁のように見えます。丸窓があり、屋根はとんがっています。
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設計者の多久仁輔という人は住友の建築設計部門の頭だったことしか詳細がわかりませんが、こんな素晴らしい門衛所を設計したのなら、壊されたという洋館も見たかったと思うのは、誰でも同じでしょう。
by gipsypapa | 2008-07-20 16:14 | 建築 | Trackback | Comments(5)
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Commented by べーさん at 2008-07-20 19:43 x
京都市発行の登録文化財の保存と活用の本に
住友家衣笠別邸の洋館の古写真が載っているのですが、
(といっても全体が写っているわけではないです)
それは見事なハーフチンバーの洋館です。
もし現存していたら、大丸ヴィラに匹敵するチュダーの洋館として
文化財になっていたのでしょうけど・・・。
もったいないなぁ…
Commented by べーさん at 2008-07-20 19:57 x
財閥の別邸は南禅寺界隈にも多く作られていますが、
あそこの別邸もかなりのものです。
多くは数寄屋建築ですが、何有荘には武田五一設計のハーフチンバーの洋館が現存してます。数年前一般公開していた時は見れたのですが、
いろいろと事件があった後は非公開となり、塀越しでしか見れなくなりました。
Commented by gipsypapa at 2008-07-21 15:42
べーさん、やはりチュダー様式でしたか。残念ですね。
何有荘は武田吾一の作品として、見たい建物ですが、非公開となっていて、
敷地の奥にあるようなので、諦めていましたが、塀越しに見えるのですね。
Commented by j-garden-hirasato at 2008-07-22 06:34
洋館は惜しかったですね。
今残されていたら、国宝級(洋館ではちょっと無理か)。
こういう建物が住宅地の一角に現れたら、
楽しいですね。
京都の住宅地もなかなか面白そうです。
Commented by gipsypapa at 2008-07-22 11:09
j-garden-hirasato さん、当時は目立った建物だったでしょうね。
洋風建築で国宝に指定されているのは、知る限り、長崎の大浦天主堂しかないと思います。
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