同志社大学 明徳館

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 同志社の戦後の建築です。大倉三郎の設計による第一期の後、第二期工事、第三期工事、第四期工事を経て、1954(昭和29)年10月に今の姿になりました。周りの建物との調和を考えて、コンクリート造りながら、外壁を煉瓦色のタイル貼りにしています。現在は教育開発センター、研究支援課、学生ラウンジ、食堂、生協が入っています。鉄筋コンクリート2階建て、地下1階、塔屋付。

 大倉三郎は武田吾一が創立した京都帝国大学工学部建築学科の一期卒業生。卒業後、宗建築事務所を経て、武田のもとに戻り京都帝国大学で営繕事務、講師などを勤めた後、大阪工業大学、京都工芸繊維大学などの教授を勤めました。

 宗建築事務所にグランヴェルジュ京都七条倶楽部(旧鴻池銀行七条支店、旧若林仏具製作所、1927年)や生駒時計店(1930年)などの優れた建物の設計を担当。後にも京都大学農学部演習林事務室(1931年)、京都大学法学部経済学部本館(1933年)、龍谷大学図書館(1936年)の代表作を残しています。

同志社大学明徳館 1952(昭和27)年
設計 : 大倉三郎
施工 : ミラノ工務店
京都市上京区今出川通烏丸東入玄武町601
撮影 : 2006. 5.14

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  尖塔アーチが多用されている正面ファサード。
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 地下に下りる円形階段。地下に通じています。
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 やはりこの塔屋が特徴の建物です。

 同志社には他にも弘風館や寒梅館などの見どころの多い煉瓦貼りの建物がありますが、築年が新しいので省略して、同志社シリーズを終わります。
by gipsypapa | 2008-07-01 14:59 | 建築 | Trackback | Comments(4)
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Commented by j-garden-hirasato at 2008-07-02 05:32
戦後になると、
ずいぶん違うものですね。
レンガ造りとタイル貼りでこんなに違うんですね。
個人的には、
戦前の建物の方が趣があって好きですね。
Commented by gipsypapa at 2008-07-02 22:16
j-garden-hirasato さん、明治と昭和は遠いです。
新しいものほど色気がなくなりますね。
Commented by kennsbar at 2011-06-18 09:44 x
はじめまして。同大を卒業して25年になります。昨年ここで全学あげての同窓会があり、妻と訪れました。彼女も気に入ってくれ、息子を絶対同志社に入れる!と言っています。
卒業したての若い方から、かなり高齢のOB、OGの方々で賑わっていました。
この明徳館前で、応援団の演武に続いて校歌(英語なのでカレジソング)をブラスバンドの演奏に合わせて歌いましたが、最後のサビの部分では、不覚にも感涙で声が出ませんでした。
昔から明徳館前はイベントなどがよく行われていました。地下の学食もよく利用しました(通称M地下)。レンガではありませんが、私にとっては最も馴染みがあるこの建物が好きです。
Commented by gipsypapa at 2011-06-18 10:42
kennsbar さん
初めまして。
あれだけの歴史のある建物が並んでいますので、
記憶に残るし、懐かしかったのではないでしょうか。
同志社の校歌といえば、私のもう一つのブログ「ヴォーリズを訪ねて」のアーモスト館に
ヴォーリズ作詞の校歌を載せていますが、この歌かな。↓
http://gipsymania.exblog.jp/4912096/
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