大阪市精華生涯学習ルーム・精華小劇場

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 大阪 南の繁華街の真ん中に今も残っている昭和初期の小学校。廃校になったあと、体育館の一階部分が精華小劇場として、また校舎は市民の研修の場、精華学習ルームとして利用されています。
 昭和初期といえば、全国に近代的な鉄筋コンクリート造りの小中学校が競って建てられた時代です。京都では、この頃の小学校建築がいろいろな形で使用され、数多く残っていますが、大阪ではここ以外にはほとんどなく、貴重な財産です。
 設計は増田清。大阪を中心に活躍した建築家で、大正後期から昭和初期にかけて小学校だけでも大阪市内に15校を設計。登録有形文化財の三木楽器本店(大阪開成館三木佐助商店、大正13年)も彼の設計によるものです。鉄筋コンクリート造4階建て。

追記:2013年ころに解体されました。

大阪市精華生涯学習ルーム・精華小劇場 解体
旧大阪市立精華小学校  1929(昭和4)年
設計 : 増田清(増田建築事務所)
施工 : 松村組
大阪市中央区難波3-2
撮影 : 2008.1.19
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 大阪ナンバの高島屋デパートのすぐ北東の一角にあります。この玄関は有名な戎橋商店街の通りに面していますが、間口が小さく、少し奥まったところにあるので、知らなければ間違いなく見逃すでしょう。
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 戎橋商店街の一筋東に行くと、広大な運動場と校舎が見えます。
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 大きなコの字型をした校舎。京都の小学校ほどには芸術的な意匠ではありませんが、アーチ窓を使ったり、各所に見どころがあるのは、この時代の建築共通の特徴です。
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 北側の張り出し部分は蔦に覆われています。
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 南側は4階建ての張り出しが小さく、2階建ての連絡通路のような建物で、幼稚園とつながっていたようです。ここも1階部分にアーチを持っています。
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 こちらも蔦に覆われた南の張り出し部分。幼稚園という古い看板がありました。色褪せたテントの庇があるので、一時的に飲食店だったのかも知れません。今は全く使用されず廃墟化しているように見えます。
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 運動場は何かに使われるのでしょうか。子供たちのいない運動場はあくまでも寂しい。
by gipsypapa | 2008-02-02 10:59 | 建築
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