大阪天王寺区の心光寺本堂

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今年の初詣は天王寺区の生國玉神社行きました。地図を見るとそこから松屋町筋を南下するにつれ東側に無数といってもいいくらいのお寺が並んでいます。数を数えるのが虚しくなるほど連なっています。いわゆる大阪の上町台地にあり、お寺が多い理由をYahoo 知恵袋で調べました。

c0112559_1530184.jpg 「もともと戦国時代から,武士・商人・寺院などを城下町に集住させる政策があり,これは戦国大名による政治・経済・宗教などの権力を集中させる意味をもっていました。
天下人となった豊臣秀吉は,大坂城を築くとともに城下を整備し,多くの寺院を天王寺の周辺に移転させました。これが現在の寺町の原型です。
その後,大坂の陣(1614~15年)が終わった後,徳川幕府によって再び大坂城下の整備が行われ,この時にも寺院の寺町への移転がなされて,現在の姿になったようです。
なお,寺町地域の寺院境内にある樹木は上空から見ると鬱蒼としており,大阪市内の中でも,数少ない緑の地になっていますね。」


 その中ほどに位置する心光寺に国の登録有形文化財に指定された変わった本堂があると知り訪ねました。本堂はインドのタージマハルを意識した建物でインド風の外観意匠とした寺院本堂建築。ソテツの木がエキゾティックな雰囲気を醸し出していますが、周りはお墓。驚きのお寺でした。
 心光寺は浄土宗で1624年に僧西尚により創建されたそうです。仏教発祥の地はインドには違いありませんが、昭和の初期に、他では珍しいデザインが何故採用されたのか興味深いものがあります。鉄筋コンクリート造平屋建、ドーム付。

心光寺本堂 1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計・施工 : 自家設計・施工(住職)?
大阪市天王寺区下寺町1-3-68
撮影 : 2008.1.1
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 正面のインド風アーチ。
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 本堂入口は元旦なのでさすがに閉まっていました。中には龍の天井絵があるらしいのですが。
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 一段高くなった上がり框の手すりにはこのような細工。
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 上がり框の床絵。
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 本堂入口扉の金具。
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 両側もお寺とは思えない、イスラム風にも見える丸穴と尖塔アーチが。
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 非常に興味深く印象的な建物でした。ちなみに南北に連なる多数のお寺も覗きながら歩いたのですが、このお寺以外は、新しく建てられたと思われる普通の寺院ばかりでした。
by gipsypapa | 2008-01-17 15:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by まーくん at 2010-01-11 21:40 x
親戚の法要か何かでここに行ったことがあります。
この建物はコンクリート造だったため戦火にも耐えたけど、周りの建物は燃えてしまった。みたいな話を住職さんが言っていたのを覚えています。
Commented by gipsypapa at 2010-01-12 09:48
まーくんさん、
そういえば2年前に初詣の時に立ち寄ったのを思い出しました。
ユニークな寺院で国の登録有形文化財に指定されたのも納得です。
この一帯にはお寺が多いのに驚きました。
これだけかたまって並んでいるのは、全国的にも珍しいでしょう。
しかしおっしゃるように、ほとんど戦災で焼けてしまったのでしょう、新しい建物ばかりですね。
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