京都の旧・立誠小学校

c0112559_15522634.jpg
 木屋町の高瀬川沿いに、今は廃校になった立誠小学校があります。京都は当時の市営繕課が各種の興味深い学校を設計していますが、ここもその一つ。それぞれ意匠を凝らして、同じ設計がないのは驚きです。
アーチ形の玄関や、その上方のアーチ窓と庇、また装飾を施したバルコニーが素晴らしい。鉄筋コンクリート造 4階建て。

旧・立誠小学校 1928(昭和3)年
設計 : 京都市営繕課
施工 : 直営
京都市中京区木屋町通蛸薬師
撮影 : 2006.5.21
c0112559_161102.jpg
c0112559_1615127.jpg
 昭和初期の建築様式を色濃く残すすぐれた建物。
c0112559_16394.jpg
 玄関の脇に角倉了以の胸像がありますが、由来は知りません。
c0112559_1642715.jpg
 ご覧のようにこれも古い橋を渡って、小学生が登下校していたわけです。平成5年に廃校となったとか。
 廃校の理由は知りません。ただ、この高瀬川沿いは美しい京都が残っていますが、一筋裏側へ踏み込むと、かなり環境の悪い地域です。飲み屋が多いのはまだしも、ピンクサロンが立ち並び、客引きがうようよ。廃校の理由の一つかもしれません。
c0112559_1693019.jpg
 立誠小学校にかかる橋の下はきれいな水が流れていて、川底には方形の石が敷き詰められています。
c0112559_161152.jpg
 川の真ん中には井戸のようなものが。何でしょうね。
c0112559_16115839.jpg
 高瀬川はいい感じです。
by gipsypapa | 2007-07-17 16:15 | 建築 | Trackback | Comments(9)
トラックバックURL : http://gipsypapa.exblog.jp/tb/6512135
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by daikatoti at 2007-07-17 19:18
いいですねえ、橋を渡って学校へ入る。
水の写真とてもきれいです。
高瀬川は町の中を通っていて、こういう川があるといいものです。
入り口のアーチがたの門がステキ。
Commented by gipsypapa at 2007-07-18 09:24
daikatoti さん、私もここを歩くのが好きです。哲学の道も疎水沿いですが、自然を楽しむところ。
ここは下町の街中にあって、違った風情がありますね。

このブログの右上のタイトルに使っている写真(クリックすれば大きな写真になります)も高瀬川の景色です。

旧立誠小学校は四条から川沿いを北上したらすぐです。
Commented by adriatic-sea at 2007-07-20 18:10
久しぶりに高瀬川を見ました。
夏は涼しげでなんともいいんですよねえ。
春は桜がきれい。
この小学校の前もよく通りましたよ(自転車で)。
京都ってさりげなくいろんなところに情緒ある建物が多いですね。
いつも何気なく通り過ぎていたのですが、gipsypapaさんのブログで改めてそう思いました。
Commented by gipsypapa at 2007-07-20 18:28
adriatic-sea さん、そんなに長くはありませんが高瀬川沿いの小道は夏も日陰が多く、気持ちがいいですよね。
北から下がってきて、東華菜館で美味しいビール。また行きたくなってきました。
Commented by お茶の水 at 2009-05-11 10:24 x
いい感じの写真を見せて頂きありがとうございます。
この高瀬川は人口の運河ですが、その開設者(建設者)が角倉了以です。
廃校の理由は、生徒数の減少です。
より正確に言えば、「生徒数減少を理由に小学校を統廃合する」という京都市の教育行政方針によるものです。他校との統合の計画が発表された時、地元からは強い反対の声が起き、反対運動が行われました。
(京都市内の伝統ある小学校の多くが「統合」によって廃校になりました。惜しいことでだと思います。)
ピンクサロンが「廃校の理由の一つ」とは、皮肉が効いています。ある意味で鋭い指摘です。
実は、小学校から500mの範囲にはピンクサロン等は開業出来ません。小学校が廃校になったので、開業が可能になりました。廃校決定とほとんど同時にこれらの店が出来たので、この業界(?)が裏から圧力をかけて廃校を早めたのではないかと噂された程です。
Commented by gipsypapa at 2009-05-12 09:36
お茶の水さん、
コメントありがとうございます。
高瀬川の開設者(建設者)が角倉了以とは知りませんでした。
しかしあの胸像は何となくオカルトっぽいですねぇ。(笑)
持っている鎌のようなものはどういう意味でしょう。

ピンクサロンについては前後が逆でしたか・・・
それにしてもこの裏道は昼間から強烈な客引きでした。
私は妻を連れていましたので、難を逃れましたが、男の独り歩きは危険です。(^^;;
Commented at 2011-06-02 17:28
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2014-11-26 10:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by gipsypapa at 2014-11-27 15:59
清水夏海 さん、
初めまして。
画像の件、
ここにアップしている解像度でよければ
自由に使ってください。
画像は圧縮していますので
大きな写真が必要でしたら
お申し付けください。
企画書は特に送っていただく必要はありませんので
お気づかいなく。
<< 京都市立清水小学校 京都の紫織庵 (旧・川崎家住宅) >>