安国山 聖福寺

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 聖福寺(しょうふくじ)はる臨済宗妙心寺派の寺院です。以前、京都の建仁寺を調べているときに、日本最古の禅寺と知り、一度訪ねたかった寺院です。

 建久6年(1195年)に日本の臨済宗開祖の栄西が南宋より帰国後に、宋の人が建立した博多の百堂の跡地に寺院を創建しました。これが日本最初の本格的な禅寺であり、禅道場です。

 当初は臨済宗単独寺院でした。この後、栄西が京都に建仁寺を開山してからは建仁寺派となりました。江戸時代初期に黒田長政の命により、妙心寺派となって、現在も存続しています。室町時代には、五山十刹に数えられた名刹だそうです。

 山号は安国山(通称は安山)。境内は国の史跡に指定されていて、現存する主要建造物は江戸期に再建されたものです。境内は、山門・仏殿・本堂と一直線に並ぶ典型的な伽藍型式をよくとどめていて、江戸時代の建物が残っています。

安国山 聖福寺
江戸時代
国史跡
設計・施工 : 不明
福岡市博多区御供所町6-1
撮影 : 2015.1.19
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 仏 殿(ぶつでん)。 天正17年(1589年)耳峯玄熊によって中興されたそうです。
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 大型の建造物ですが、和風の寺院とは違った形をしています。宋の影響でしょう。
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 両端には丸窓があります。栄西禅師が渡った南宋の寺は丸窓が多いそうで、それに倣ったと考えられています。
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 山門(さんもん)。これも山門としては大型ですが、それには理由がありました。元は以前の山門は志摩桜井神社の観音堂を移築したものだったそうですが、慶応2年(1866)に焼失しまし。現在のものは明治44年(1911)に再建されたものです。
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 その隣には小さな鐘楼。宝暦9年(1759)に改築されたものです。
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 勅使門(ちょくしもん)。建築年は1700年初頭以前のものと推測されています。先に「楽水園」で紹介した博多塀が両側に伸びています。
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 唐門。詳細は不明ですが、装飾彫刻と十六弁の菊の御紋章が印象的。
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 家紋。調べると笹竜胆らしいです。源氏とゆかりの深い紋みたいですが、なぜここにあるかは不明です。
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 境内にもいくつか塔頭があります。
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 この奥に方丈があるのですが、見えるのは庫裏だけ。
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 こんなきつい看板があったら、中へは進めません。
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 緑が多い境内ですが、特に庭園は造られていません。もったいないと感じました。
by gipsypapa | 2015-07-23 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2015-07-24 06:43
禅寺として日本最古ですか。
博多にあるのですね。
知りませんでした。
御本尊、
金ピカで青いアフロヘアーですが、
これでOKなんでしょうか。
Commented by gipsypapa at 2015-07-24 08:32
j-garden-hirasato さん、
栄西は帰国するときに
博多の港から上陸したのかな。
最終的には都を目指すのですが
一旦、博多に逗留して
最初の寺院を建てたと思われます。

で、青いのはアフロヘアーですか?(笑)
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