京都の島原大門

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 「京の夏の旅 文化財特別公開」の最終日。一度行ってみたかった京都の花街、島原へ行きました。

 島原は1641(寛永18)年に六条三筋町から移されたわが国最初の公許の花街です。京都には上七軒、祇園甲部、祇園東、嶋原、先斗町、および宮川町の6つの花街があり、これらを総称して京都の六花街と呼ぶことがあるそうで、嶋原は旧名です。

 街の周囲を塀と堀で囲み、大門を一か所に設ける当初の構成は、江戸の吉原がここに倣ったといわれ、遊里を隔離し、遊女を疎外するように作られていました。

 島原大門(しまばらおおもん)は、京都の花街である島原の東入口にあたる高麗門形式の大門で、1854年(嘉永7)年の大火で島原の東側は大半が類焼しており、このとき門も焼失したとか。大火後、門は再建されましたが、1867(慶応3)年に再び建て替えられたものです。

 1867年といえば、大政奉還の年。政争たけなわの京都でも、花街では門が建て替えられていたわけです。京都市の登録有形文化財。

島原大門
1867(慶応3)年
京都市登録有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市下京区薬園町150
撮影 : 2014.9.30
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 前には「出口の柳」が植えられ「さらば垣」があり、今も当時の趣を伝えており島原の由緒を伝える地域の文化財として貴重です。
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 本柱上の屋根のほかに後方の控柱上にも小屋根を載せた、いわゆる高麗門という形式です。
by gipsypapa | 2015-04-01 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(0)
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