旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋

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 柳川で1泊した翌日は、福岡市で同窓会がある日ですが、夜のことなので、まだまだ時間があります。ということで隣の大川市へ行きました。

 大川市は、福岡県の南西部にある市です。自分が福岡市で生まれ育ったので、同じ福岡県にある大川市は、家具の町として有名で、知っていましたが、訪ねるのは今回が初めてでした。現在も家具の生産高日本一を維持しているそうです。

 家具の町のイメージから、観光が主たる産業の柳川より都会ではないかという、漠然とした思いがありましたが、現実は違いました。最新の調査で、人口は柳川が68,812人に対し、大川は35,538人と半分近くです。

 地方都市の衰退現象は日本全体の問題ですが、大川市も人口は年年減少しています。色々な理由があるでしょうが、その一つは1987(昭和62)年に旧国鉄の佐賀線が廃線になったこともあるのではないでしょうか。まずはその頃の遺産である旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋に行ってきました。

 筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)は、国鉄時代にあった佐賀線にあり、筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいた鉄道用可動式橋梁です。佐賀線の廃線後も保存され、今も現在は歩道橋として利用されています。

 可動橋には旋回橋、跳開橋(跳ね橋)、昇開橋などがありますが、この橋は橋桁の一部が垂直方向に上下する昇開橋です。日本に現存する最古のものだそうです。橋の全長は507.2メートル、可動部分の長さは24.2メートル、昇降差は23メートル。竣工当時は「東洋一の可動式鉄橋」と呼ばれました。

 設計施行に中心的役割を果たしたのは、鉄道技師の釘宮磐(鉄道省熊本建設事務所長)で、昇開橋の仕組みそのものは、坂本種芳が考案したそうです。国の重要文化財と日本機械学会の機械遺産に認定された、昇開可動式鉄橋。

筑後川昇開橋
1935(昭和10)年
重要文化財
設計 : 釘宮磐、坂本種芳(鉄道省技師)
施工 : 飛島組、横河橋梁ほか
大川市-佐賀県佐賀市諸富町
撮影 : 2014.5.15
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 橋の両端には公園が整備されています。これは大川市側にある公園と展望棟でしょうか。「幸福の鐘」という看板がありました。
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 この公園は筑後若津駅があった跡地にできました。佐賀線に使われていた3灯式信号機や警報機などが保存されています。
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 登録有形文化財のプレートがありますが、この後2003年に重要文化財に出世しました。
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 橋の中央に行ったら、丁度可動桁が上がっていました。聞くと、定期検査のため昇降させているということでした。
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 可動橋桁が下りている遠景しか撮れませんでしたので、ウィキペディアにある開いた時の写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-30 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2014-10-01 06:54
今も現役ですか。
これは珍しい。
レトロな橋にも興味があります。
Commented by gipsypapa at 2014-10-01 09:15
j-garden-hirasato さん、
今は歩行者専用ですが
現役です。
しかしながら長さが500メートル以上なので、
歩いて渡る人は少ないのではないでしょうか。
少し上流に行けば
バスが通っていますので。
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