坪内逍遥の双柿舎

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 起雲閣から北へ移動。細い坂道を登ったところに双柿舎(そうししゃ)があります。小説家、評論家、翻訳家、劇作家で、『小説神髄』や『当世書生気質』の著作、およびシェイクスピア全集の翻訳で知られる坪内逍遥が、1920年(大正9年)から死去する1935年(昭和10年)までの晩年を過ごした別邸です。

 庭に柿の木が2本あったことから、早稲田大学での同僚である会津八一が「双柿舎」と命名したとか。逍遥の没後は早稲田大学に寄贈され、現在も大学の管理下にあります。

 建物は3棟あり、それぞれ築年は違いますが、いずれも坪内逍遥の自家設計だそうです。
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 細い路地から1段下がったところに建っています。
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 敷地に入り中門の手前に赤い鉄板葺き屋根の建物。物置か何かに見えました。
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 入り口の中門には、会津八一の手によって書かれた「雙柿舎」の扁額が掛かっています。

双柿舎本館(主屋)
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 執筆の拠点となった2階建ての本館(主屋)には、庭に面して夫婦の居間であった座敷があり、2階が逍遥の書斎です。木造2階建て。

双柿舎本館(主屋)
旧坪内逍遥別邸本館(主屋)
1920(大正9)年
設計 : 坪内逍遥
施工 : 不明
熱海市水口町11-17
撮影 : 2014.4.20
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 1階の座敷は、床の間に付書院。床脇の棚や付書院の意匠が特徴的です。

双柿舎東館(離れ)
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 東の端にある和風建築は東館。夫人の隠居所として最後に建てられた離れです。木造2階建て。

双柿舎東館(離れ)
旧坪内逍遥別邸東館
1934(昭和9)年
設計 : 坪内逍遥
施工 : 不明
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双柿舎書屋
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 寺院のような、塔ある建物は、書籍を納める書屋(しょおく)です。1階は逍遥ゆかりの展示物が掲示してあり、自由に見学できます。鉄筋コンクリート造3階建て。

双柿舎書屋
旧坪内逍遥別邸書屋
1928(昭和3)年
設計 : 坪内逍遥
施工 : 不明
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 入口両脇には羊。
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 早稲田の管理下にあるので、演劇博物館の図面がありました。そういえば、まだ本物は見ていません。
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 庭も逍遥自身の設計です。
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by gipsypapa | 2014-07-28 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2014-07-30 06:38
作家が自ら設計するというのは、
自分でものを書く環境を整える、
ということでしょうか。
そういう姿勢だから、
書けるんですね。
Commented by gipsypapa at 2014-07-30 08:42
j-garden-hirasato さん、
坪内逍遥って
名前は聞いたことがありますが
本を読んだことはないです。
熱海の高台に
居を構えて
家や庭を設計しつつ
執筆活動していたわけで、
なんともゆったりとした
時代も感じながらも
うらやましいです。
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