島本町立歴史文化資料館

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 大阪に帰ってきました。

 JR京都線の島本駅のすぐ東側、国史跡桜井駅跡にある麗天館(れいてんかん)だった建物です。南北朝時代の湊川の合戦に向かう楠木正成が息子の正行と別れた場所、桜井が史跡として整備された際に記念館として建てられたそうです。戦後は大阪府立青年の家の講堂だった時期があったようですが、平成16年に島本町が大阪府から無償譲渡を受け、その後「島本町立歴史文化資料館」として開館しました。 島本の歴史や文化を紹介するもの展示してあります。

 建物は神社のような千鳥破風の純和風建築で、中央に大広間があり、ステージがあるいわゆる講堂です。ステージ以外の3面には廊下を廻した構造になっています。木造平屋建て。

島本町立歴史文化資料館
旧麗天館
1941(昭和16)年
設計・施工 : 不明
三島郡島本町桜井1-3-1
撮影 : 2013.11.5
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 すぐそばの西国街道沿いにある国史跡桜井駅跡。これという建築物はなく、石碑がいくつかあるだけです。
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 石碑「子わかれの 松のしづくに 袖ぬれて 昔をしのぶ さくらゐのさと」。明治天皇御製で、揮毫は海軍大将東郷平八郎とありました。
by gipsypapa | 2014-06-04 10:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2014-06-05 06:55
昭和16年といえば、
太平洋戦争勃発の年ですね。
その時期に、
こういう立派な建物、
まだ建てられたのですね。
Commented by gipsypapa at 2014-06-05 09:37
j-garden-hirasato さん、
同じようなことを思いました。
戦争が始まるころだから
楠正成にあやかって
戦意高揚の目的だったのでしょうか。
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