旧弘前偕行社(弘前女子厚生学院記念館)

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 明治末期の旧陸軍第8師団の弘前開庁のとき、陸軍将校の社交倶楽部として建てられました。第二次大戦後は弘前女子厚生学院が用い,近年は同学院の記念館などにも活用されています。

 偕行社は過去に同じ重要文化財の善通寺の旧陸軍第11師団偕行社(善通寺市立郷土館)を紹介していますが、こちらも同じ意匠を基調とした大規模な洋風建築です。

 ここの4年前に建てられた旧善通寺偕行社は,簡明なルネサンス様式の意匠でまとめられていましたが、こちらは正面ファサードが、さらにルネサンス風を強調しています。

 左右対称形の東西に長い瓦葺きの建物で、両端翼棟を前後に突出させています。正面は中央部を張出して切妻屋根の車寄せ付き玄関ポーチを配置し、後方にある赤い鉄板葺きの方形屋根と屋根窓がルネサンスらしい印象的なデザインです。

 内部は広大な広間を中央部に置き、左右の翼棟に師団長室などの小部屋を配する、偕行社特有の部屋配置になっています。壁のクロス張りや床の絨毯、外国製と思われる材料で造られた暖炉など、陸軍将校の社交場としての華やかさを感じます。

 設計は建築工事の請負人の堀江佐吉。彼は起工後2か月後に他界したとか。棟梁は長男の彦三郎、世話係に六男の金蔵で、子供たちの手で起工から6か月をかけて竣工させたそうです。

 ネット情報には出てきませんが、堀江組に発注・指導したのは、当然ながら陸軍省営繕組織のはずです。大広間に善通寺偕行社の模型が置いてあったように、これを参考にしたと思われます。国の重要文化財の木造平屋建て寄棟屋根瓦葺き。

旧弘前偕行社(弘前女子厚生学院記念館)
1907(明治40)年
重要文化財
設計 : 堀江佐吉
施工 : 堀江彦三郎、堀江金蔵(堀江組)
弘前市御幸町8-10
撮影 : 2013.8.28
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 正面からはただでさえ左右が幅広なうえに、正面に植樹のロータリー、左右に大木が立っていて全貌を写真では撮ることができません。
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 裏側は善通寺と同じように広大な芝生の庭で、上手く全体が撮れました。
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 ネット情報では「三角破風には第8師団の“8”にかけたと言われる“蜂”の鉄製飾りが施されているなど細かい洒落も見られる。」とあります。これ蜂でしょうか?
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 門柱には「旧弘前偕行社」と「弘前女子厚生学院」の二つの表札。

 ちなみに国の重要文化財に指定されている旧偕行社には、さらに古い1902(明治35)年築の旧旭川偕行社があり、こちらは2階建てで、善通寺や弘前とは全く違った意匠を採用しています。一度は見たい建物です。
by gipsypapa | 2014-01-21 09:30 | 建築 | Trackback | Comments(0)
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