弘前こぎん研究所(旧木村産業研究所)

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 ル・コルビュジエとアントニン・レーモンドに学び、モダニズム建築の旗手として、戦後の日本建築界をリードした前川 國男(まえかわ くにお、1905 - 1986)の処女作が弘前にあります。一般に木村産業研究所として知られていますが、現在は「弘前こぎん研究所」という、こぎん刺しという、弘前に伝わる刺し子の技法を使った製品の研究販売をてがける会社になっています。

 前川はこの木村産業研究所を完成させた3年後に東京の銀座に前川國男建築事務所を開設。丹下健三、木村俊彦などの有名建築家を輩出しました。

 前川の母菊枝の生家が弘前藩士だったことから、弘前に彼が手がけた建築物が数多くあります。現在は、この旧木村産業研究所(1932年)の他に弘前中央高校講堂(1954年)、弘前市役所(1958年)、弘前市民会館(1964年)、弘前市立病院(1971年)、弘前市立博物館(1976年)、弘前市緑の相談所(1980年)、弘前市斎場(1983年)が残されています。

 真っ白の外壁に陸屋根というまったく装飾のない単純な外観。知らなければ昭和初期とは思えない現代的なビルです。我国におけるコルビュジエ風建築の最初期の作品として国の登録有形文化財とDOCOMOMO100選に指定された、鉄筋コンクリート造り、2階建て。

弘前こぎん研究所
旧木村産業研究所
1932(昭和7)年
登録有形文化財
DOCOMOMO100選
設計 : 前川國男
施工 : 不明
弘前市在府町61
撮影 : 2013.8. 27
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 ブロック塀があって、敷地に入りにくい雰囲気があったのと、これ以上近づいてもなんの装飾もなさそう。ということで撮った写真はこれくらいしかありません。
by gipsypapa | 2013-12-23 15:45 | 建築 | Trackback | Comments(6)
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Commented by j-garden-hirasato at 2013-12-24 06:38
これで昭和7年の建築ですか。
高度成長期のものに見えます。
当時、
かなりモダンな建物だったのでしょうね。
Commented by gipsypapa at 2013-12-24 09:52
j-garden-hirasato さん、
そうなのですよ。
同感です。
当時は突出してモダンだったでしょう。
今は逆に普通ですよね。
ですからいわゆるモダニズムというのは
現在の無機質な建築へ向かう
ムーブメントだったと言えますね。
Commented by Sakuragi at 2014-02-10 23:30 x
こんにちは、奈良女の建築物を検索していて、こちらにアクセスしました。
この建物、内部を見学することが出来ます。事前にこぎん研究所に申込みをすれば、差し支えのない範囲で二階のホールまで入れると思います。私が見学したのは四年程まえですが、写真撮影もO.K.でした。
入口のバルコニーの部分は吹き抜けで、天井が鮮やかなオレンジです。晴れていると青空とオレンジと白のコントラストが綺麗です。
Commented by gipsypapa at 2014-02-11 10:00
Sakuragi さん、
はじめまして。
よく調べて行かなかったので
見学できるとは知りませんでした。
今も木村産業研究所のままと思っていましたので、
「こぎん」が何のことかもわからず・・・
事前に申し込むのは難しかったかもしれませんが、
見学できるのを知っていれば
少なくとももっと建物に近づくし、
玄関のドアくらい開けたかもしれません。
残念でした。
それにしても「研究所」では近づきがたいですね。
せめて「博物館」か「展示館」なら行ったのに・・・(笑)
Commented by Sakuragi at 2014-02-11 19:55 x
同感です。(^_-)
次回、もし弘前に行かれることがあれば、是非お尋ね下さい。
こちらを拝見して、何故前川先生が弘前をお好きだったのか、合点が行きました。
先生は博物館のロビーにあるソファに座り、岩木山を眺めるのがお好きだったそうです。お母さまのことを思われていたのかも知れませんね。
Commented by gipsypapa at 2014-02-12 10:26
Sakuragi さん、
なるほど。
青森から弘前の往復はJRでしたが、
岩木山のプレゼンスは強く感じました。
こちらで育った人たちにとって
故郷のシンボルなのを共感した次第です。
前川さんの作品はほとんど見ていませんが、
江戸東京たてもの園にあるという自邸は
いつか見たいと思っています。
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