博物館網走監獄

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 今回の道東の最後の訪問地は網走市。網走といえば網走監獄に行かないわけにはいきません。北見を朝発って網走へ。早速訪問しました。c0112559_1384913.jpg

 博物館網走監獄は、明治時代から網走刑務所で実際に使用されていた建物を天都山に移築・修復して保存公開している野外博物館です。いわゆる建物博物館で、明治村や北海道開拓の村、四国村などと同じコンセプトで、1983(昭和58)年に開館しました。

  網走刑務所にあった獄舎をはじめとする建物を移設または再現し、また北海道開拓使とともに歩んだ刑務所の歴史などの展示物を多く展示しています。獄舎の中には、日本の脱獄王と呼ばれた白鳥由栄の脱獄シーンがマネキンを用いて再現されていたり、刑務所の食事を再現したメニュー「監獄食」が提供されているなど、家族で楽しめるスポットでした。

 なお現在は国の登録有形文化財が7棟追加されました(2012年7月)が、登録から間もないことから、これらはまだ文化遺産オンラインのデータに載っていません。すでに登録されていた3棟を含み網走刑務所から移築保存を行った建築物10棟すべてが、登録文化財に認定されました。

 博物館には鏡橋を渡って向います。今回も解説文は博物館網走監獄のホームページを引用します。

網走市字呼人1-1
撮影 : 2012.8.27






博物館網走監獄鏡橋
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 網走刑務所は、市街地と網走川を挟んだ位置に設置されているため橋を渡らなくては出入りすることは出来ません。

 明治23年の設置から現在までに4回橋は架け替えられましたが、名前は「鏡橋」と呼ばれています。「流れる清流を鏡として、我が身を見つめ、自ら襟を正し目的の岸に渡るべし」との思いが、その名前の由来と言われています。

 博物館に再現しました「鏡橋」は大正6年に架けられた二代目の特徴である擬宝珠付きの欄干と、昭和25に架けられた三代目の特徴であるトラス(橋の強度を高めるために付けられた骨組み)を併せもったものとし、往時の姿を甦らせました。


博物館網走監獄鏡橋(再現構築)
旧網走刑務所鏡橋
1891(明治24)年/1991(平成6)年再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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博物館網走監獄入場ゲート
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 明治24年に始まった中央道路開削工事などの、外役労働が終り、網走刑務所が自給自足による農業監獄を目指して本格的な開墾が始められました。

 明治29年には、現刑務所から西方6kmの二見ヶ岡に外役所が設けられて、やがて日本一の広大な(1,732ヘクタール)刑務所農場がつくられました。

 この門は、博物館に移築復原されている二見ヶ岡農場の正門を再現し、博物館網走監獄の入場ゲートとしたものです。


博物館網走監獄入場ゲート
旧網走刑務所二見ヶ岡農場正門(再現構築)
築年  : 1896(明治29)年
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-06-17 13:16 | 建築 | Trackback | Comments(0)
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