火野葦平旧居「河伯洞」

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 JR若松駅近くまで来ました。まだ時間があったので、市内で見かけた火野葦平(ひのあしへい)の没後50年のビラに従って旧居河伯洞(かはくどう)まで足を伸ばしました。

 実は火野葦平という名前は知っていますが、作品も映画も見たことはありません。北九州市のホームページを転記します。

 「河伯洞は、本市出身の芥川賞作家火野葦平(本名玉井勝則、明治39年=1906生)が昭和15年(1940)からその生涯を終えた同35年(1960)までの大半を過ごした建物である。二階にある書斎からは『花と龍』『革命前後』などの作品が生み出された。建物は、和風の主屋と書斎を含む洋風部分とで構成されており、庭園を含む和風部分は葦平の父玉井金五郎が構想し、洋風部分は葦平の意向を反映した造りとなっている。なお、河伯洞の名は葦平の河童好きに由来し、河童の住む家という意味で名付けられた。」

火野葦平旧居「河伯洞」
旧玉井金五郎邸
1941(昭和16)年
北九州市指定史跡
設計・施工 : 不明
北九州市若松区白山1-16-18
撮影 : 2012.5.20
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 この亀は上がりかまちを彫り込んだか、貼り付けたか、浮き上がった珍しい彫刻です。
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 ガラスの引き戸が明るい廊下。
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 「麦と兵隊」。そういう歌もあったような。さすがに生まれるかなり前のことで、名前だけは知っています。
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 全体は和館ですが、各所に洋風の部屋があります。
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 書斎です。
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by gipsypapa | 2013-06-10 13:12 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2013-06-11 06:44
作家ともあると、
それなりの場所に住み、
それなりの生活をしていないと、
作品なんて書けないのでしょうね。
建物もお庭も、
実に立派で、趣があります。
Commented by gipsypapa at 2013-06-11 13:11
j-garden-hirasato さん、
昭和16年築らしいので、
太平洋戦争が始まった年。
こういう時代に
これだけの邸宅を建てることが出来たのは
人気作家ことを伺わせますね。
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