博物館明治村 小那沙美島燈台

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 小那沙美島燈台は、広島湾から瀬戸内海への出口、宮島の脇の小さな島である小那沙美島に明治37年(1904)建造された。

 広島には明治6年(1873)に鎮台が置かれ、同19年(1886)には第五師団指令部が配備された。更に同21年東京築地にあった海軍兵学校が江田島に移され、続いて呉に鎮守府が開設される等、広島湾沿岸は軍事上、産業上の要所として重きをなしていた。日清戦争の際には広島に大本営が移され、広島の外港宇品から物資の輸送が行なわれており、日露戦争の際にも運輸本部が広島に置かれている。この燈台が造られたのは、その日露戦争の開戦前後で、わずか3ヶ月という短い期間で建造されている。

 工期を短縮する目的と、急傾斜の山に造る上での便宜から、鋳鉄造の組み立て式燈台になっている。4段の円筒形燈柱に燈篭と天蓋が載せられており、高さは7m足らずである。光源にはアセチレンガスを用い、光度は60燭光、光の届く距離は約10kmであった 。


博物館明治村 小那沙美島燈台
1904(明治37)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
旧所在地 広島県佐伯郡沖美町
犬山市内山5-53博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22 & 2012.3.10
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by gipsypapa | 2012-11-12 10:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2012-11-17 08:29
明治時代の灯台ですか。
保存状態がよかったんですね。
とてもそんなに古いとは思えません。
でも、
どうやって上がるんでしょう。
ハシゴをかけるんでしょうか。
Commented by gipsypapa at 2012-11-20 14:06
j-garden-hirasato さん
可愛い燈台です。
これは塗装もしっかりしてますね。(笑)
上がるのは忍者のように
縄梯子を引っ掛けて・・・(*-*)
まあ、現代の設計では少なくとも
保護枠付きの猿梯子がないと
建築許可は降りないでしょうね。
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