博物館明治村 名古屋衛戍病院

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 日本人による最初の洋式病院は明治4年(1871)横浜に造られた横浜共立病院で、これは貿易商組合の出資による私立の病院であったが、本格的な洋式の大病院を計画し、実行に移したのは軍隊で、全国の鎮台配置に合わせて陸軍衛戍病院が明治6年(1873)の東京を皮切りに順次整備されていく。明治11年(1878)に建てられた名古屋衛戍病院は、六棟の病院が中庭を囲んで配される分棟式の配置がとられていたが、これは洋式大病院の典型的な形式で、日本赤十字社中央病院にも踏襲されている。現在明治村に遺されているのは、病棟のうちの一棟と管理棟である。

 木造平家建桟瓦葺で、周囲に吹き放ちのベランダを廻らせた姿は大変開放的で明るく、清潔感にあふれた印象を与える。細部のデザインは、同じ陸軍の施設である歩兵第六聯隊兵舎のものとよく似て質素なものになっているが、構造的には兵舎と若干異なり、漆喰塗大壁で囲まれ、小屋組も和小屋になっている。

 三重県庁舎(明治12年)とほぼ同じ頃の創建であるが、県庁舎が様々な洋風のデザインを取り入れているのに対し、この衛戍病院のデザインは簡素にまとめられている。手摺等は素木に少しの面取り(角を落す手法)を施すのみで、窓の額縁も曲線を使わず、単に段切りをしているだけである。


博物館明治村 名古屋衛戍病院
1878(明治11)年
愛知県有形文化財
設計・施工 : 不明
旧所在地 名古屋市中区三の丸
犬山市内山4-37博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22
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by gipsypapa | 2012-10-24 13:03 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2012-10-24 21:08
ゴチャゴチャした意匠もなく、
とても清潔感のある建物です。
病院らしい清潔感です。
看板がいいですねえ。
Commented by gipsypapa at 2012-10-25 13:43
j-garden-hirasato さん
元は6棟あったといいますから、
療養所でもあったのでしょう。
シンプルなデザインで好感がもてます。
レトロな看板は人形がいる違和感に比べたら
数段いいですね。(笑)
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