博物館明治村 長崎居留地二十五番館

c0112559_14231828.jpg
 長崎居留地二十五番館は、長崎に3ヶ所あった居留地-東山手・南山手・大浦-のうち南山手二十五番の建物である。この建物の最初の居住者はスコットランド出身のコルダー(Calder,John Fulton)である。彼は1867年来日し、最初長崎のボイド商会に、その後横浜の三菱製鉄所、神戸の大阪造船所を経て、三菱が長崎造船所を国から払い下げを受けた際、マネージャーとして請われて再び長崎の地を踏んだ。当初は造船所近くの会社が用意した住宅に住んだが、明治22年に造船所のある飽の浦を見下ろす高台の南山手に居を構えた。大阪造船所時代には日本初の「ドライドック」を建造、また長崎造船所では日本初の鋼鉄船で昭和37年まで高島炭鉱と長崎を結んでいた「夕顔丸」を建造するなど、明治期日本の造船業の発展に寄与したが、明治25年病に倒れ、45歳の生涯を長崎で終え、現在も長崎の坂本国際墓地に葬られている。

 三方にベランダを廻らし、各室に暖炉を設けるなど典型的な居留地建築であるが、工法の上では古い点もあり、例えば、出入り口廻りの仕上げは化粧板を取り付けることなく、古い柱を削り出している。また、外壁は下地板の外に下見板を張り上げ、室内側は木摺下地に漆喰を塗り、防寒・防音に効果をあげている。その他、東南アジアのいわゆる植民地建築の影響を受け、軒が深くなっているため、屋根が冗長になるのを避け、本屋根からベランダの屋根を一段下げている。


博物館明治村 長崎居留地二十五番館
1889(明治22)年
登録有形文化財
設計 : 不明
施工 : 堀松太郎
旧所在地 : 長崎県長崎市南山手町
犬山市内山3-31博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22 & 2010.3.10
c0112559_1425412.jpg
c0112559_1426946.jpg
c0112559_14262146.jpg
c0112559_1426448.jpg
c0112559_14263616.jpg
c0112559_14264694.jpg
c0112559_14263388.jpg
c0112559_14264168.jpg
c0112559_14271631.jpg
c0112559_14272763.jpg
  本館完成から約20年後の明治43年(1910)、本館とは別の棟梁によって右奥に別館が増築された。和室も取り込んではいるが、外観は本館に合わせて洋風に仕上げられている。

博物館明治村 長崎居留地二十五番館別館
1910(明治43)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_14302085.jpg
c0112559_14303020.jpg
 ちなみに本文にある日本初の「ドライドック」が作られた大阪鉄工所は私の勤める会社の前身です。
by gipsypapa | 2012-10-12 14:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://gipsypapa.exblog.jp/tb/18554808
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by j-garden-hirasato at 2012-10-13 10:48
よく説明できませんが、
長崎の洋館は独特の雰囲気がありますね。
洋館なんだけど、
和建築のような雰囲気があったりして。
Commented by gipsypapa at 2012-10-15 13:03
j-garden-hirasato さん
そうですねぇ。
長崎の明治の洋館に共通した雰囲気があります。
和風のテイストも感じますね。
<< 博物館明治村 神戸山手西洋人住居 博物館明治村 菅島灯台付属官舎 >>