北海道開拓の村 旧山本消防組番屋

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 水田農村であった山本地区の消防用具の格納庫である。消防組織は、大正8年(1919)頃からの地区の自衛団を前身とし、のち山本消防組となる。昭和45年(1970)まで消防活動を続けた建物を再現した。火の見櫓を持つ番屋は、道内農漁村の小規模な消防組織に多く見られ、防災や治安の中心となった。

北海道開拓の村 旧山本消防組番屋
大正後期(再現)
設計・施工 : 不明
旧住所 : 札幌市厚別区
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 農村群
撮影 : 2011.8.28
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by gipsypapa | 2012-07-03 12:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2012-07-04 06:23
木造の火の見櫓、
初めて見ました。
当時の北海道では、
金属が手に入りにくかったのでしょうか。
それとも、
金属では冬場凍ってしまうので、
上がるのが危ないからでしょうか。
Commented by gipsypapa at 2012-07-04 13:09
j-garden-hirasato さん
「火の見櫓の歴史」というHPでは
「明治初期は江戸期同様火の見櫓も木造であったが、明治後期には早くも鉄造の火の見櫓が建造されはじめている。」
と書いてありました。
この櫓は大正期なので、
材料としての鉄はあったはずですが、
田舎なので割高で、
手近な木材を使ったのではないでしょうか。
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