北海道開拓の村 旧青山家漁家住宅

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 青山家は、安政6年(1859)山形県から渡道し、小樽沿岸を中心に鰊建網などを経営した漁家である。建網経営には番屋をはじめ網倉、船倉のほか海産干場、船入澗など多くの施設、設備を必要とした。鰊漁場の建物が、このように集約的に保存されているところは少なく、貴重な遺構の一つである。

北海道開拓の村 旧青山家漁家住宅
1919(大正8)年
設計・施工 : 不明
旧住所 : 小樽市
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 漁村群
撮影 : 2011.8.28
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 小樽編で紹介したにしん御殿小樽貴賓館は青山家の別邸で、こちらは本邸。祝津のにしん漁の三大網元といわれた青山家、白鳥家茨木家の一つがここに移設されているわけです。
by gipsypapa | 2012-06-28 13:18 | 建築 | Trackback | Comments(4)
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Commented by j-garden-hirasato at 2012-06-29 06:15
これは、凄い規模です。
漁家というのは、
船だけあればいい、
というものではないんですね。
ここには、
人形が登場しないんですね(笑)。
Commented by gipsypapa at 2012-06-29 13:57
j-garden-hirasato さん、
この種の建物博物館の存在意義はこの辺にあります。
これだけの大型で貴重なものは
元の場所では保存していくのが難しそうです。
にしん漁は季節的なので、
多くの季節労働者を収容するのに
この規模が必要だったのですね。
人形はいませんが、
囲炉裏にニシンの魚形が刺さっていました。(笑)
Commented at 2016-08-31 08:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by gipsypapa at 2016-09-22 19:07
yoshimuraさん
リンクの件、問題ありません。喜んで。
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