神の愛の宣教者会

c0112559_1756231.jpg
 日豊本線の南側の小高い丘に建つ美しい建物。孤児収容施設として、小百合愛児園と名付けられ,戦後はアメリカ軍が駐留し、180名近くの乳幼児を養育していたそうです。現在はマザー・テレサが設立した神の愛の宣教者会(Missionaries of Charity)の女子修道院として、ホームレスへの炊き出し、未婚女性や高齢者の支援をおこなうなどの社会福祉活動をおこなっていまるそうです。

 横長の白い外壁にアーチ窓が並ぶ清楚で美しい建物で、正面の玄関上部にマリアの像を安置し、さらにその上に鐘塔があります。左に見える聖堂をもつ主屋棟は木造2階建寄棟造で、昭和23年に建設されたものとか。

 大変気になった建物で、近くで撮影したかったのですが、別府市内散策の最後になり、さすがに足が疲れて、丘を上るだけの気力も体力もありませんでした。ということで遠景をどこから撮っても同じに見えるので写真は2枚だけです。鉄筋コンクリート造り2階建て。

 ほりいさん、という方から設計者の情報を頂きました。(2014.3.28)

神の愛の宣教者会
旧小百合愛児園
1933(昭和8)年/1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明岩本留吉
別府市浦田3307
撮影 : 2011.3.20
c0112559_17571645.jpg

by gipsypapa | 2012-02-19 17:58 | 建築 | Trackback | Comments(14)
トラックバックURL : http://gipsypapa.exblog.jp/tb/17498395
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by j-garden-hirasato at 2012-02-20 21:39
お疲れ、です。
一日動いていると、
さすがに疲れますよね。
当時としては、
かなり大規模な施設だったんでしょう。
Commented by gipsypapa at 2012-02-21 11:18
j-garden-hirasato さん、
いや~、お互いあちこち歩き回るので
気持もわかってもらえますね。
ルートが逆だったら
間違いなく坂を上ったでしょう。
少し残念です。
Commented by ほりい at 2014-03-28 01:20 x
こんにちわ。始めまして。
この建物は内装も全て、私の祖父の岩本留吉が建てました。
前の修道院のものは知っています。
Commented by gipsypapa at 2014-03-28 09:21
ほりいさん、
初めまして。
情報を頂きありがとうございました。
Commented by ほりい at 2014-03-28 10:09 x
おはようございます。
深夜でしたので、はじめましての漢字を打ち間違えていました。
中に、祖父が彫刻した祭壇があります。
是非、見てください。
祖父は、教会建築をかなりやりましたが、木造だったため、老朽化して残っているのは、たぶん、これだけかもしれません。五島にはあるかも。
ここも、もう、取り壊されていると思っていましたら、昨日、母からこの間行ってきたと聞いて検索した次第です。
前の修道院の団体は、伯母の岩本綾子がシスターになり、外人のシスターと共に明星学園や小百合愛児園などを設立、運営し、子供たちを救済し、ここで人生を終えた場所になりました。
私も、前回訪れたのは30年前になります。岩本綾子が明星学園で養生中で、もう一人の創設者の外人シスターはここにいて逢いました。近く、私も訪れる予定です。
こうやって、記事に取り上げて頂き大変嬉しく思っています。
ありがとうございます。
Commented by gipsypapa at 2014-03-28 20:18
ほりいさん、
私も気になって「岩本留吉」でネット検索しましたが、
これというのが見つかりませんでした。
九州の教会建築では、時代が違いますが
鉄川与助という人が有名で
五島などの長崎の離島に多くの教会が残っています。
私が知る限り五島やそのほかの島々ににはまだいくつも
設計・施工者がわからない教会があります。
そのうちのどれかがお爺さまの作品の可能性がありますね。
何か手掛かりとかがありましたら教えてください。
Commented by うめ at 2017-02-26 19:34 x
こんにちは。
岩本とめきちは私の祖父です。
こちらを拝見させて頂き娘である母は大変喜んでおります。
記念に書き込ませて頂きました。
Commented by gipsypapa at 2017-02-27 07:34
うめさん、
コメントありがとうございます。
岩本とめきちさんのお孫さんということは
過去にコメントをいただいた
ほりいさんのご兄弟でしょうか?
Commented by うめ at 2017-03-21 21:44 x
ほりいさんという名前の親戚は、私の知る範囲ではいないですが、
ハンドルネームが実際の名前ではない可能性は高いと思いますので
親戚なのかもしれないですね。
私の母は大勢いる兄弟の中の末ッ子で、兄弟で現在も生きているのは
母の他には伯母が一人だけです。
兄弟の中で岩本を継いだ伯父も数年前に亡くなっております。
先日は宮崎から伯母が遊びに来てくれる予定が入り、大はしゃぎした母がこちらの
記載を見付け更に大はしゃぎをして娘の私にも見せてくれた流れでした。
祖父は末ッ子の母を大変可愛がっていたようで、母も年をとった今でもお父さんっこのようです。笑
元気なうちに長崎や宮崎に残っている父親に縁ある教会や施設などを見てまわりたい!と、
希望しているので、数年内に実行できるように行き先を計画しているところです。
その時には私も母と一緒にこちらの教会も訪ねる予定です☆

Commented by うめ at 2017-03-22 15:03 x
追記ですが…

綾子伯母の話もしているようですから、おそらく従姉妹ですね。笑

それから先日母と伯母が話してたところによると、師匠もわからないそうです。
いつどんな流れで建築を学んだのか不思議だねぇと話していました。
ただ、佐世保にいた頃に当時のパパ様から(寄付や寄贈に対してと思われる)感謝状を頂いているそうです。
それと、母曰く長崎の実家には沢山の設計図も大切に置いてあった、自分が幼い頃は教会や施設など作るためにあちこちに出向いていたから家にあまりいなかったとの事ですから、「設計図施工不明」の教会の中のいくつかは祖父のものだろうと思います。
Commented by gipsypapa at 2017-03-23 08:08
うめさん、
ほりいさんとは多分ご親戚でしょう。
ご家族で温泉旅行を兼ねて
ここを訪ねるのはいいですね。
実現したらまたお知らせください。
Commented by うめ at 2017-03-28 21:01 x
ありがとうございます。
その際は報告させて頂きます☆
Commented by ほりい at 2017-06-10 02:05 x
五島の小瀬良教会は岩本留吉です。他昭和30年代までの作者不明はそうだと思います。西日本の。
主に大分、宮崎、長崎県ですが、大阪の記憶も。岩本組は多くを語らず、痕跡を残さずスタイルですので風のように現れて風のように去る。お金も取らずに。建築を知ってるのはその建物と学校をたてた別府扶助者聖母会、岩本留吉を知るサレジオ会チマッチ資料館、今は他のお宅にあるらしですが祭壇の横に留吉制の仏壇が壁に埋め込まれてた日向学園、講堂等作った宮崎カリタス、旧佐世保俵町教会、旧平戸大座志教会、バチカンでしょうか。
Commented by gipsypapa at 2017-06-11 08:29
ホリイさん、
岩本留吉さんは
そんなに多くの教会を
手がけていらっしゃるんですね。
ネットを検索しても
何も出てこないのが残念です。
どなたか作品リストをまとめるとか、
して欲しいです。
<< 別府市中央公民館 別府の「みねや旅館」 >>