遼寧省対外貿易経済合作庁(中山広場2号)

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 日本統治下の大連で最初に建てられた官庁建築。ゴシック風煉瓦造の時計塔を持つ建物です。1908(明治41)年に関東都督府民政部の下で大連を管轄した大連民政署の庁舎として建てられ、1922(大正11)年から大連警察署の庁舎となり、戦後は大広場警察局と中国海軍後勤部が使用しました。現在は遼寧省対外貿易経済合作庁と民間企業が使用しています。c0112559_1383794.jpg

 時計塔を持つスタイルはヨーロッパのハンブルク(ドイツ)市役所やゲント(ベルギー)のギルドホールを参考にしたといわれ、横浜市開港記念会館を思いださせる外観です。

 設計は関東都督府土木課の前田松韻(まえだまつおと、1880-1944)。詳しいデータは少ないのですが、中国東北地方に渡った最初の日本人建築家で、日露戦争下の1904年に軍倉庫の建設に携わり、1905年2月に大連軍政署の嘱託技師となり、大連の日本橋(現・勝利橋)も設計しました。後に東京高等工業学校の教授になった人ですが、大連の都市建設に大きな影響を残したといわれます。煉瓦造2階建、塔屋付。

遼寧省対外貿易経済合作庁(中山広場2号)
旧大連民政署(大連警察署)
1908(明治41)年
設計 : 前田松韻(関東都督府民政部土木課)
施工 : 荒川工務局 (監督:小山鹿太郎)
撮影 : 2007.1.19
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by gipsypapa | 2011-02-15 13:10 | 建築 | Trackback | Comments(6)
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Commented by j-garden-hirasato at 2011-02-17 06:11
確かに、
漢字の看板と背景の高層ビルがなければ、
ヨーロッパのどこかの国の建物みたいです。
日本が大陸に進出していった時代、
技術屋さんも海外で活躍したんですね。
Commented by gipsypapa at 2011-02-17 13:35
j-garden-hirasato さん
当時の日本の勢いを感じさせます。
新しい領土になったところに、
近代化を象徴させるような建物を建てて
街造りをしようとしたのでしょうね。
Commented by sy-f_ha-ys at 2011-02-17 21:02
この建物は大連訪問でいちばん印象的な作品でした。
一時期は塔屋などが撤去されていたそうですが、竣工当時の姿に復元されたそうです。
Commented by gipsypapa at 2011-02-18 13:18
sy-f_ha-ys さん、
前田松韻さんは新しく開発する都市なので、自由な様式で設計できたと想像します。
素晴らしい建物です。
Commented by 鈴木康眞 at 2016-02-01 06:40 x
前田松韻について調べていて、こちらを拝見致しました。
参考になりました。
ありがとうございます。
Commented by gipsypapa at 2016-02-08 09:01
鈴木康眞さん、
どういたしまして。
今後ともよろしく。
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