大阪の北野家住宅主屋

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 大阪ガスビルの南側に対面する昭和初期の町屋造りの建物。両脇にうだつがあり、珍しい木造3階建てで、2,3階の外壁はタイル貼り、窓枠には銅版が貼られた凝った意匠です。国の登録有形文化財の木造3階建て。

北野家住宅主屋
1928(昭和3)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
大阪市中央区平野町4-2-6
撮影 : 2009.12.5
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 こちら ↓ は北野家住宅と隣接し、正面をガスビル側に向けた2階建て。1階はモルタル仕上げ、2階の外壁は煉瓦状のタイル貼りになっています。よくわかりませんが北野家住宅につながった和風建物の前面を看板建築にしているような気がします。
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by gipsypapa | 2010-12-03 16:41 | 建築 | Trackback | Comments(6)
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Commented by kaetuya55 at 2010-12-03 19:25
金沢にも以前は看板建築が多く見られましたが、最近は少なくなっています。
多くはビルに建て替えられたり、駐車場になったりして通りの風情も無くなりつつあります。
Commented by j-garden-hirasato at 2010-12-04 08:22
綺麗過ぎず、
なかなか味わいがあります。
この辺りは、戦災に合わなかったんですね。
この雰囲気(建物本体もですが)を、
いつまでも維持してほしいものです。
Commented by gipsypapa at 2010-12-04 09:59
kaetuya55 さん
看板建築というのは藤森照信教授が名づけたらしいのですが、
大正末期から昭和初期に多く建てられたようです。
当時の洋式へのあこがれでしょうね。
表は洋式に見せたほうが
モダンで買い物客を呼び込める時代の風潮かな。
ほとんどは後ろ側は切り妻の瓦ぶきの和風です。
おっしゃるように数は減ってきましたが、
全国的にまだ残っていて見ることができます。
Commented by gipsypapa at 2010-12-04 10:05
j-garden-hirasato さん
すぐそばの大阪ガスビル(昭和3年)がそのままありますので、
この一帯は戦災を免れたと思います。
正面は趣向が凝らしてありますが、
この手の都会の建築は隙間なく建てられるので、
ここのように隣が取り壊されて空き地になると、
そっけない側面が現れますね。
Commented by mini-mini32 at 2010-12-05 10:43
窓枠に銅板が貼られて、珍しいですね・・・
まるで切りとったような建物ですね~
でも、ウダツがあるので、そうではないような・・・
一般住居だったのでしょうか・・・
隣接している、二階建のビル・・・
食堂だったのかな・・・?
Commented by gipsypapa at 2010-12-05 17:45
mini-mini32 さん
銅版は贅沢ですよね。
有形文化財の解説にも住宅とありますので、一般の住宅だったのでしょう。
3階建は珍しいです。
隣の建物は飲食店か居酒屋かな。
これはビルに見えるのは正面からだけで、
後ろ側は日本家屋ではないかと思います。
上から3枚目の写真の左側に写っていますが、
洋風に見える表の部分は板になっています。
いわゆる看板建築でしょう。
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