東京都中央区立阪本小学校

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 関東大震災の後に東京市に建てられた「復興小学校」。全部で117校建てられた小学校の一つ。今も中央区だけで10校残っているとか。当時の東京市臨時建設局が作成した統一規格に沿って、不燃構造の鉄筋コンクリート建築が各所に建てられましたが、外観デザインはそれぞれの町に合った独自の意匠を採用しているそうです。この学校は直線的なデザインでまとめられています。ある意味では表現派とも、これといった特徴がないとも言えます。鉄筋コンクリート3階建て。

中央区立阪本小学校 1928(昭和3)年
設計 : 東京市
施工 : 不明
東京都中央区日本橋兜町15-18.
撮影 : 2008.12.13
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by gipsypapa | 2009-06-03 14:50 | 建築 | Trackback | Comments(4)
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Commented by j-garden-hirasato at 2009-06-03 20:43
典型的な学校というデザインなので、
昭和初期の建物なんですねえ。
それほど古さを感じないです。
ちょっと不思議な感じです。
耐震補強、大変でしょうね。
Commented by gipsypapa at 2009-06-04 11:24
j-garden-hirasato さん、
玄関周りに少し見どころがありますが、
いかにも小学校という建物です。
幼稚園も同じ建物にあるようです。
Commented by sy-f_ha-ys at 2009-06-04 21:06
ほかの復興小学校のように派手なデザインは施されていませんが、真面目な感じの外観がいいですね。
ちなみに竣工当初は、校舎向いの首都高は川だったそうです。
昔は小学校にぴったりの落ち着いた立地だったんでしょね。
Commented by gipsypapa at 2009-06-05 10:05
sy-f_ha-ys さん、
オーソドックスですが、嫌みのない設計です。
校舎向いの首都高ねえ。高島屋から歩いて向ったのですが、
この下の道路を渡るのに苦労しました。
道幅が広いせいか、横断歩道が少ないのです。
いくつかある歩道橋が閉鎖されていたりして、かなり横移動しました。
そうですか、ここまで広いのは川だったせいなのですね。
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